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平和軍縮時評10月号 「防衛大綱見直し」と市民社会  田巻一彦

2010年10月30日

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 今年12月末を目指して行われている「防衛計画の大綱」見直し作業の「たたき台」として今年8月27日に発表されたのが、新たな安全保障と防衛力に関する懇談会」の報告書「「新たな時代における日本の安全保障と防衛力の将来構想―『平和創造国家』を目指して―」(以下「10年報告」と略する)である。今回はこの報告書を取り上げ、大綱見直しについて考えたい。
           http://www.kantei.go.jp/jp/singi/shin-ampobouei2010/houkokusyo.pdf

経過

 現行の「平成17年度以降に係る防衛計画の大綱」(平成16年12月10日、以下「現大綱」。http://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/2004/1210taikou.html)の見直し作業の「叩き台」を提出するために「安全保障と防衛力に関する懇談会」が自公連合政権下で形成されたのは09年1月であった。09年8月4日には報告書(「安全保障と防衛力に関する懇談会」報告書。以下「09年報告」と略する)が麻生首相(当時)に提出された。
           http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ampobouei2/200908houkoku.pdf
 現大綱は、安全保障の基本方針を次のように述べている:

 「また、我が国は、日本国憲法の下、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国とならないとの基本理念に従い、文民統制を確保するとともに、非核三原則を守りつつ、節度ある防衛力を自主的に整備するとの基本方針を引き続き堅持する。
 核兵器の脅威に対しては、米国の核抑止力に依存する。同時に、核兵器のない世界を目指した現実的・漸進的な核軍縮・不拡散の取組において積極的な役割を果たすものとする。また、その他の大量破壊兵器やミサイル等の運搬手段に関する軍縮及び拡散防止のための国際的な取組にも積極的な役割を果たしていく。」(Ⅲ 我が国の安全保障の基本方針)

 これに対して、「09年報告」は、平和諸原則の「規制力」をいわば「正面突破」し、米ブッシュ政権が求めるままに「戦争遂行能力国家」へと日本を変貌させることに道を開くような提言を行った。例をあげれば次のとおりである。

  1. 「現大綱」の言う「核の脅威だけ」でなく、「弾道ミサイルによる脅威」に対しても米国の核の傘に依存して、核兵器の役割を拡大する可能性を示唆したこと。
  2. 憲法解釈上違憲とされてきた「集団的自衛権の行使の禁止」を解禁し、米国に向かう弾道ミサイルの迎撃や、ミサイル警戒にあたる米軍艦船への警護を可能とするような法的措置の必要性を提言したこと。
  3. 「専守守防衛政策」の意義を「明確化」の名の下に骨抜きにし、「敵地攻撃」をも合法化することの検討を提言した。

本稿のアプローチ

 筆者の基本的関心は、上のような問題が「10年報告書」でどのように扱われているかということにある。また報告書が現大綱と変わらず依拠する「日米同盟基軸」論を総論的に批判するというアプローチ、あるいは「武器輸出三原則」など焦眉の課題に関する憲法論的批判という方法を本稿ではとらない。その代わりに市民社会が日本の安全保証政策を「より良い方向」に導いてゆくために活用できると思われる考え方を、「10年報告書」から読み取ってゆこうというスタンスをとった。

法制論より行動志向を強調

 「10報告書」も「09報告書」と同じく、米国の拡大抑止への信頼を強調した。しかし「09報告書」が上記1.で示したような抑止対象の拡大には言及されていない。一方、日本は「米艦艇の防護や米国向けの弾道ミサイルの撃墜を、国益に照らして実施するかどうかという選択しすらない」ことを憂い、このような対応策に正面から向きあうことの重要性を強調した。(第四章「安全保障戦略を支える基盤の整備」、40P)。 
 「09報告書」はこのような現状認識から、憲法解釈変更や新法制論に進んだのだが、「10年報告書」はそれとは異なる「行動志向アプローチ」をとっている。

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本懇談会が強調したいことは、憲法論・法律論からスタートするのではなく、そもそも日本として何をなすべきかを考える。そういう政府の政治的意思が決定的に重要であるということである。これまでの自衛権に関する解釈の再検討はその上でなされるべきものである。(第四章「安全保障戦略を支える基盤の整備」、41P)
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 多面的かつ多様な価値観にもとづく国民議論の深化という観点から、このようなアプローチは好ましいものと筆者は考える。

「平和創造国家・日本」というアイデンティティ

 「10年報告書」は冒頭で、第二次世界大戦後の日本の「抑制的安全保障政策」(明示されていないが「専守防衛」や「非核三原則」を指すものと思われる)を肯定的に評価した。そして、その上にたって、より能動的に世界の平和に貢献することを目的に、「平和創造国家」を日本のアイデンティティとすることを提言している。

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 本報告書は…略…日本の安全保障及び防衛戦略を提示する。その基本的な方向は、日本が自国の平和と安全を守り繁栄を維持するという基本目標を実現しつつ、地域と世界の平和と安全に貢献する国であることを目指すべきだ、というものである。あるいは別の言い方をすれば、日本が受動的な平和国家から能動的な「平和創造国家」へと成長することを提唱する。日本は創意と工夫によって、国際安全保障において、今後大きな積極的役割を果たすことができるはずである。(「はじめに」、1p)
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 「平和創造国家」の概念は抽象的であり多義的な解釈が可能である。「日米同盟」に基づく軍の世界展開を後押しする論理となりうる一方で、市民社会からの提言や議論によって国際社会において憲法平和主義を実現するという方向に発展させることも可能である。

安全保障戦略としての「外交」

 「第一章 安全保障戦略」の「(2)日本自身の取り組み」においては、「1.安全保障に関わる外交政策」として次のように述べる。

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 今日、一国の安全保障の手段としては、政府による外交及び軍事力といった伝統的な要素に加えて、経済力、文化的感化力といった要素が重要性を増し、それに伴って政府だけでなく非政府的主体の役割が拡大し、外交や軍事力も伝統的な形態、役割だけでなく、非伝統的な形態としてパブリック外交(筆者注:相手国の国民に働きかける外交)や非戦闘的機能も重視されるようになっている。さらに、外交・安全保障政策の場も、一国で行われる政策や二国間関係を基調としたものに加え、多国間関係、国際機関等での規範の形成や実行といった多層的、重層的な形態のものが顕著になっている。(11p)
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 これが「防衛力整備」よりも前段に置かれていることは、注目するべきであろう。
 軍事力を補完するものとして外交を重視するという発想自体は、オバマ政権の「協調戦略」と相通じるものである。しかし、市民参画によってその内実が豊富化されれば、安全保障の「非(脱)軍事化」の方向性へも発展させることが可能である。

「基盤的防衛力構想」と決別

 「10年報告書」は「日米同盟基軸」路線に立ち、「同盟」の実効性を高めるための諸施策を提言した。その内容は、2005年2月の日米安全保障協議委員会(2+2)で合意された「共通の戦略目標」と日米の「役割と協力」と軌を一にするものである。04年に作られた「現大綱」は05年の日米合意をある程度先取りしつつも、それを具体化する観点は弱かったと「10年報告書」は評価し、今なすべきは、05年合意を<能動的に>解釈し、「何をなすべきか」を主体的に考え実行に移すことであると提言した。「10年報告書」は、その際に障害になるのが、最初の「防衛大綱」(1976年)で採用され、「現大綱」でも基本的に継承されている「基盤的防衛力構想」であると断じた。「基盤的防衛力構想」とは「日本に対する軍事的脅威に直接対抗するよりも、自らが『力の空白』となって周辺地域の不安定要因とならないよう独立国として必要最小限の基盤的な防衛力を保有する」という考え方である。
 「10年報告書」が提言したのは、同構想と決別して多様な事態が複合的に生起する「複合事態」への対応を念頭に置いた戦力構成と、即応性の高い「動的抑止能力」を日本は追求するべきであるということである。(「第二章 防衛力のあり方」、18p)自衛隊が特に強化するべき分野としては「ISR(情報収集・警戒監視・偵察)能力、即応性、機動性、日米の相互運用」があげられた。(同、27p)。

「国際協調の文脈」から平和諸原則を見直し

 「10年報告書」が「日米同盟」や「防衛力強化」よりも多くの紙幅を裂いて論じているのが「(4)多層的な安全保障協力」(13~17p)であることは特筆するべきであろう。それは次の5つの層からなる。1.パートナー国(韓国、オーストラリア、インド)との協力、2.地域の安定にとって重要な新興国(中国、ロシア)への関与、3.多国間安全保障枠組みの構築と活用…ASEAN地域フォーラム(ARF)やアジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP、日本は海上保安庁主体で中心的役割を果たしている)。4.国連・グローバルレベルでの努力、5.防衛装備協力・防衛援助。
 この問題の立て方自体は、前記のように「オバマ政権」の後追いといえばそれまでである。しかし、「対米追従の軍備拡張」と「護憲」に二極分解してきた安全保障議論に多様な選択軸を導入することも可能となる。
 一方では、危険な提言も行っていることを見逃してはならない。これらが「09報告書」のような「強面」の切り口ではなく、「日米同盟」よりもむしろ「多国間協力」の文脈で強調されていることにも注目しておくべきであろう。

 上記のような、憲法平和主義をいっそう空洞化させる諸原則見直しに、平和運動が最大限の警戒心を持ち、阻止しなければならないのは言うまでもない。しかし同時に反対運動の論理も「10年報告書」が言うような「多元的・包括的アプローチ」や「国際協調」という価値基軸を念頭に構築される必要性が今後はいっそう高まるであるであろう。

「平和創造国家」の内実を市民社会から

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 日本は平和憲法に基づき、他国の脅威にならない専守防衛政策をとり、国民もこれを基本的に支持してきた。また、日米安保体制の下、主として自衛隊が対外的な拒否的抑止力の機能を担い、懲罰的な抑止力については基本的に米軍に依存するという役割分担を維持してきた。さらに日本は、他の先進国には例を見ない事実上の武器禁輸政策を維持し、憲法解釈上、集団的自衛権は行使できないものとして、その安全保障政策、防衛政策を立案、実施してきた。ただし、こうした政策は、日本自身の選択によって変えることができる。(第一章「安全保障戦略」、10p。下線は筆者。)
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 ここは「10年報告」が冒頭で前向きに評価した日本の「抑制的安全保障政策」を形作ってきた諸原則を、もはや時代の要求にマッチしないものとして、見直すことを呼びかけていると読める。このように「10年報告」は危険な議論を多々提起している。だが、私たちはその危険な意図を測り、非難することにとどまっている訳にはゆかないであろう。文字通り「グローバル化」する日本という現実を見るとき、このような呼びかけは、国民一般の心情に共鳴する「周波数」を含むものであるからだ。
 連立政権の誕生という歴史的事件を一時の「エピソード」に終わらせてはならない。今後は、憲法平和主義を信奉する私たちが、その理念を現実プロセスの中でどのように実現してゆくのかが一層問われてゆくであろう。「10年報告書」はそのための「叩き台」ともなりえよう。直近の「大綱見直し」という超短期的な視点ではなく、中長期的視点にたった議論が必要である。(田巻一彦)

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