平和軍縮時評

2010年12月30日

平和軍縮時評12月号 新防衛大綱~「南西海域危機」を追い風に「動的防衛力」打ち出す  田巻一彦

新防衛大綱 「南西海域危機」を追い風に「動的防衛力」打ち出す対米追随路瀬の基調は変わらず - 市民は如何に対抗してゆくのか

2010年12月17日、「平成23年度以降に係る防衛計画の大綱」(以下「新大綱」)と「中期防衛力整備計画(平成23年度~27年度)について」が安全保障会議及び閣議において決定された
 http://www.mod.go.jp/j/approach/agenda/guideline/2011/index.html
04年の「平成17年度以降に係る防衛計画の大綱」(以下「旧大綱」)に代わる新大綱は、09年9月に生まれた新政権が行う初の包括的な安全保障政策の見直しである。しかし、新政権の基盤は、沖縄米軍問題をめぐる社民党の離脱を含め、発足からこの方弱体化の一途をたどってきた。 一方、この間、朝鮮半島西岸海域における韓国哨戒艇の沈没事件(10年3月)、北朝鮮による延坪(ヨンピョン)島砲撃(10年11月)、さらには尖閣諸島付近での中国漁船と日本巡視艇の衝突事件(10年9月)など、安全保障に関わる不穏な事件が相次いでいる。
先に結論を言えば、新政権の脆弱性と安全保障政策における混迷と不穏な事態の続発を追い風に、制服組を含む防衛省官僚は、緊縮財政圧力の中で、防衛力の「質的拡大と量的維持」の論理を手に入れたといってよい。その基調は変わらぬ「対米追随路線」であることに変わりはない。

「基盤的防衛力」に代わる「動的防衛力」~米軍再編合意の実質化へ

新大綱は、1976年の最初の「大綱」で採用され以来「大綱」の基本に置かれてきた「基盤的防衛力」との決別を宣言した。基盤的防衛力とは「日本に対する軍事的脅威に直接対抗するよりも、自らが「力の空白」となって周辺地域の不安定要因とならないよう独立国として必要最小限の基盤的な防衛力を保有する」という考え方である。この考え方は、米ソ冷戦下での日本の軍備拡張を抑制するという役目を果たしていた。一方では戦力構成の硬直化という弊害も否定できないが。
その「基盤的防衛力」はもはや無効であると新大綱は言う。それに代わって導入された概念は「動的防衛力」というものである。これは本コラムの10月号で取り上げた「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」(安防懇)」の報告書で打ち出された考え方である。
 「新たな時代における日本の安全保障と防衛力の将来構想―『平和創造国家』を目指して―」。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/shin-ampobouei2010/houkokusyo.pdf
新大綱によれば「動的防衛力」とは、「各種事態に対し、より実効的な抑止と対処を可能とし(略)、即応性、機動性、柔軟性、持続性及び多目的性を備え、軍事技術水準の動向を踏まえた高度な技術力と情報能力に支えられた」防衛力のことである。(Ⅳわが国の安全保障の基本方針)これだけを見れば、抽象的でわかりにいが、以下のような記述によって具体像はより明確になるだろう。

●抑止し対処する事態(「Ⅴ防衛力の在り方」より)
(1)実効的な抑止及び対処
ア 周辺海空域の安全確保、イ 島嶼部に対する攻撃への対応、ウ サイバー攻撃への対応、エ ゲリラや特殊部隊による攻撃、オ 弾道ミサイル攻撃への対応、カ 複合事態への対応、キ 大規模・特殊災害等への対応」。
(2)アジア太平洋地域の安全保障環境の一層の安定化
(3)グローバルな安全保障環境の改善
●自衛隊の態勢(同上)
(1)即応態勢、(2)統合運用態勢、(3)国際平和協力活動の態勢。
●自衛隊の体制における基本的な考え方(同上)
冷戦型の装備・編成を縮減し、部隊の地理的配置や各自衛隊の運用を適切に見直すとともに、南西地域も含め、警戒監視、洋上哨戒、防空、弾道ミサイル対処、輸送、指揮通信等の機能を重点的に整備し、防衛態勢の充実を図る。
●自衛隊の体制において重視される事項(同上)
ア 統合の強化、イ 島嶼部における対処能力の強化、ウ 国際平和協力活動への対応能力の強化、エ 情報機能の強化、オ 科学技術の発展への対応

つまり「動的防衛力」とは「南西海域危機」のような日本周辺海域や島嶼部への対応から、ミサイル対処、アジア太平洋地域から世界に広がる「安全保障環境」の改善といった空間的にも質的にもきわめて広いスペクトルに対応する概念である。「抑止し対処する事態」から旧大綱にあった、「本格的な侵略事態への備え」は削除されている。これは当然のことであろうが、それよりもむしろ危ない内容がここには含まれている。
「安防懇報告」に示されたとおり、「動的防衛力」はひとり「南西海域危機」のような「一国的脅威」に対処するためのものではなく、2005年2月の日米安全保障協議委員会(2+2)共同発表が示した「共通の戦略目標」と日米の「役割と協力」を実質化するための概念であることは今さら言うまでもない。「動的防衛力」で強調される、即応性、統合性、平時からの情報収集・共有能力の強化、弾道ミサイル防衛そして国際平和協力活動への対処能力の強化(表・6、7)は、09年12月の米「4年毎の国防見直し」(QDR)が同盟国・パートナーとの協力において示した重点事項と軌を一にするものである。
これらを実行するためには「PKO参加5原則を見直す」と新大綱はいっている。 つまり「動的防衛力」とは「米国ととともに世界のどこにでも展開する能力をもった自衛隊」と言い換えてもよい。もちろん旧大綱もそのような性格を持っていたが、新大綱はそれを「名目」から「具体的能力」へと高めることを宣言したのである。 このような新基軸を「売り込む」ことによって、防衛省は2011年度防衛予算削減を最小限にとどめることに成功した。そればかりか、「島嶼防衛用」と称して新しい装備体系(輸送機や新型ヘリなど)の「頭出し」もされた。また、予算折衝の中で設定された「元気な日本復活特別枠」によって、「思いやり予算」を含む米軍駐留経費負担はとしてほぼ満額が認められ、弾道ミサイル防衛(BMD)関連経費も小幅削減によって承認されたのである。

米国の「混合抑止」依存と協力緊密化

米国の拡大抑止と核の傘に関する記述が大きく変更されたのも注目するべき点である。
旧大綱は、核の傘について次のように言っていた:

「核兵器の脅威に対しては、米国の核抑止力に依存する。同時に、核兵器のない世界を目指した現実的・漸進的な核軍縮・不拡散の取組において積極的な役割を果たすものとする。また、その他の大量破壊兵器やミサイル等の運搬手段に関する軍縮及び拡散防止のための国際的な取組にも積極的な役割を果たしていく。」(Ⅲわが国の安全保保障の基本方針)

これに対し、新大綱は次のように言う:

「核兵器の脅威に対しては、長期的課題である核兵器のない世界の実現へ向けて、核軍縮・不拡散のための取組に積極的・能動的な役割を果たしていく。同時に、現実に核兵器が存在する間は、核抑止力を中心とする米国の拡大抑止は不可欠であり、その信頼性の維持・強化のために米国と緊密に協力していくとともに、併せて弾道ミサイル防衛や国民保護を含む我が国自身の取組により適切に対応する。」(Ⅱわが国の安全保障における基本理念)

これが何故大きな変化なのかは少し説明がいるだろう。
旧大綱が核抑止の目的を「核兵器の脅威」への対抗に限るとしていた。これは日豪政府が主導した「ICNND(核不拡散・核軍縮に関する国際委員会)」の最終報告書も勧告した「核兵器の目的を核兵器による攻撃を抑止することに限るべきである」という考え方(いわゆる「唯一の目的」)とほぼ重なるものであった。旧大綱が作られた当時、米国はブッシュ政権下にあった。ブッシュは核抑止を核以外の大量破壊兵器の抑止にも適用するという考えをあからさまにしていた。その意味で、旧大綱のこの考え方は「よりよい抑制的な姿勢」と評価することのできるものであった。
しかし、05年を前後して本格化した「米軍再編協議」の中で、日米政府は「核・非核の両方を含む抑止力で核・非核の両方の脅威に対処する」という考え(これを「混合抑止」と呼ぶ)をあからさまにした。国会答弁などでもその考えが繰り返された。これは旧大綱から見れば後退を意味するものであった。
一方、新大綱「核抑止を中心とする米国の拡大抑止」という概念は、それだけを見れば核・非核戦力力を一体化した「混合抑止」への転換であると読める。しかし、09年のオバマ政権の登場で、その意味合いはブッシュ時代のそれとは変わった。オバマ政権は10年4月の米「核態勢見直し」(NPR)において核兵器の役割を核攻撃の抑止に限定する「唯一の目的」に向かって縮小してゆくという方向性を示し、その方向に進むためのものとして「混合抑止」の考え方を強調したのである。新大綱の「混合抑止」論は、その限りにおいては核軍縮に矛盾しないといえる。新大綱を作った防衛官僚がそれをどこまで認識しているかは不明であるが。
 「核兵器・核実験モニター」349-50号に論評と「要約」全訳。
http://www.peacedepot.org/nmtr/bcknmbr/nmtr349-50.pdf
しかし、同時に注意しなければならないのは、NPRが縮小した核兵器の役割を補うために長距離爆撃機や弾道ミサイルへの通常弾頭の配備する「即発グローバル・ストライク(PGS)」という方針を示ししたことである。新大綱のいう「核抑止を中心とする米国の拡大抑止」は「通常戦力の拡大の下での混合抑止」であり、その「信頼性の維持・強化」のために「緊密な協力」をするとの方針は、新たな緊張と軍拡競争を生起する要因になりかねない。強い警戒心を持たねばならない。

「武器輸出三原則」は継続検討課題に

一方、最も大きな社会的関心であった「武器輸出三原則」の見直しが新大綱でどのようになったかを見てみよう。この点について「安防懇報告」も見直しを提言したし、民主党の外交・安全保障調査会(中川正春会長)は11月、(1)平和構築・ 人道目的にのみ完成品の輸出を認める、(2)殺傷能力の低い武器に限る、(3)共同開発・生産の対象は北大西洋条約機構(NATO)加盟国や韓国、豪など「厳格な輸出管理規制を講じる国」 に限る、などの条件をつけて禁輸を緩和する新大綱草案を作成していた。しかし、党内外の反対論(ここでは政局絡みではあるが社民党の原則的主張が大きな役割を果たした)「(武器技術の国際共同開発等に対応するための変化に対応する)方策について検討する」という表現に留められた。(表・項目9)「三原則」見直しもしくは放棄という事態は避けられたが、経済界、防衛関連業界からの要求という火種が消えたわけではない。
新大綱が言うように、実際武器技術の国際共同開発の流れはが拡大していることは事実である。しかし一方では武器技術輸出に関する包括的禁止取り決め(たとえば「武器輸出条約」)に関する議論も成長している。したがって、私たちも「憲法論」だけにとどまらない国際的視野にたった「禁止の論理」を打ち固めてゆく必要があるだろう。

防衛力は外交を肩代わりできるのか?

先に述べたように、新大綱は、「アジア太平洋地域の安全保障環境の一層の安定化」と「グローバルな安全保障環境の改善」を「動的防衛力」の任務に上げている。具体的課題とされているのは、人道復興支援を始めとする平和構築、停戦監視を含む国際平和協力活動、国際連合等が行う軍備管理・軍縮、不拡散等の分野における諸活動や能力構築支援、同盟国等と協力した国際テロ対策、海上交通の安全確保や海洋秩序の維持のための取組等である。
新大綱がこのような分野への言及を旧大綱よりも拡大していること自体は前向きに評価しうる。しかし見落としてはならないのは、これらが防衛力=軍事力の拡大という文脈で述べられていることである。たしかに「軍隊」ならでは果たしうる役割も少なくないが、これら活動においては「防衛力」よりもむしろ「外交」が果たすべき役割が大きいということはいうまでもない。防衛力の役割の多様化と拡大の文脈に議論を狭小化してはなるまい。たとえば「南西海域危機」は防衛力ではなく外交的努力によってこそ有効に対処するべき問題である。
軍事力は外交を代替することができず、むしろ外交にこそ軍事力にかわる紛争・対立の予防の潜在力がある。昨年末、米国では初の「4年毎の外交・開発見直し」(QDDR)報告書●6が国務省によって発表された。それでも、中身を見れば「外交に携わる文民の行動のあり方を軍に近づける」という側面が色濃い。むしろ私たちが注目するべきは、政府の「外交・開発見直し」を軍縮へとつなげてゆくことを目指すNGOの取り組みが始まっていることだろう。これが本時評の8月30日号で取り上げた「軍事費大幅削減イニシャティブ」と一体のものとして進められていることに注目したい。
 http://www.peace-forum.com/p-da/100830.html

むすび

いうまでもないことだが、新大綱に集約されているのは「軍事力による平和と安全」へのアプローチである。これに対抗する私たちは「平和と安全における軍事力の役割」縮小してゆくビジョンを描き、提案してゆかねばならない。そのためには、より広い視野での状況の把握がますます求められるだろう。そのときに、新大綱が旧大綱と同じく、冒頭で「日本国憲法の下、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国とならないとの基本理念に従い、文民統制を確保し、非核三原則を守りつつ、節度ある防衛力を整備する。」との基本方針を示していることは大きな手がかりになるだろう。この「基本理念」に魂を入れるような取り組みを今後も強めていきたいものである。(田巻一彦)

 

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