平和軍縮時評

2011年11月30日

平和軍縮時評11月号 ジブチに戦後日本初の海外基地  ―進む自衛隊派遣の既成事実化    塚田晋一郎

 

2011年6月1日、日本政府はアフリカ東部・ジブチ共和国において、自衛隊初の海外基地となる「活動拠点」の運用を開始した。2009年3月からソマリア沖・アデン湾における海賊対策で派遣している自衛隊の活動長期化を見据えたものとされる。東日本大震災と原発事故への対応で自衛隊が注目を集めていた背後で、国会論議や国民への説明が決定的に不足したまま、「戦後初の海外基地」は活動を始めた。

自衛隊「ジブチ基地」の概要
7月7日、「日本国自衛隊・派遣海賊対処行動航空隊」の看板を掲げた基地の開所式が開かれた。式には、小川勝也防衛副大臣とディレタ・ジブチ首相をはじめ、米仏両司令官ら約350人が出席した。部隊名は、英語表記では「Deployment Air force for counter-Piracy Enforcement, Japan Self-Defense Force」とされ、基地のゲートには日仏英の3言語が併記されている。
日本政府は、ジブチ国際空港の北西地区、約12ヘクタールをジブチ政府から借り上げ、約47億円を投じて、以下の施設を建設した。

  • P-3C哨戒機整備格納庫(1機収容)
  • 駐機場(3機収容)
  • 隊員宿舎(7棟、約280名収容)
  • 食堂、風呂、ジム等の厚生施設(2棟)
  • 事務所(2棟)
  • 電源室等、その他関連施設

ソマリア沖海賊対策の以前から基地を置いていた米仏を除けば、ジブチに自前の施設を開設したのは日本のみである。自衛隊はそれまで、ジブチ国際空港に隣接する米軍のキャンプ・レモニエを間借りするかたちで駐留していた。哨戒機は空港内に駐機させており、駐機場までの移動時間がかかることや、50℃を超える夏の炎天下での整備が必要であったことなどから、防衛省は、隊員の勤務や機体維持の環境改善が課題であるとしていた。北澤俊美防衛相(当時)はジブチ基地開設直後、7月8日の会見で、「間借りのような環境ではなく、しっかりした活動拠点を構築したということ。『腰を落ち着けてこの対策をやっていきますよ』というメッセージ」であると述べている。 また、ジブチ基地の開設に伴い、給食や補給業務、警備等の要員として、海自隊員20名、陸自隊員10名が増員された(後出のの「海賊対処航空隊」の隊員数は、増員後のもの)。

ソマリア沖海賊の現状と、自衛隊の活動実態
国際海事局(IMB)の2010年次報告書によると、世界の海賊発生件数は、2003年以降、減少傾向にあったものの、2006年以降増え続け、特に1990年代からの内戦により無政府状態が長引くソマリア周辺海域では増加が著しいことがわかる。

【図】海賊発生グラフ

2008年6月に、ソマリア沖での海賊行為防止のための加盟国による武力行使を含む、「必要なあらゆる措置」を認める国連安保理決議1816(日本は共同提案国)が全会一致で採択されて以来、国際的な対策が続けられてきた(「核兵器・核実験モニター」322号に詳細)。
2009年3月13日、日本政府(麻生政権)は閣議決定の後、自衛隊法第82条による「海上警備行動」を発令し、翌14日、護衛艦2隻をアデン湾に向け出港させ、自衛隊のソマリア沖派遣をなし崩し的に開始した。6月19日に海賊対処法が「後追い」で成立し、7月24日の施行をもって派遣の根拠法は同法へ移行した(「核兵器・核実験モニター」323-4号に詳細)。海上警備行動では、自衛隊の武器使用は、正当防衛や緊急避難の場合のみに限られていたが、海賊対処法の成立によって、「海賊行為を行っている者」に対し、「船舶の進行を停止させるために他に手段がないと信ずるに足りる相当な理由のあるときには、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる」(第6条)とされ、武器使用基準が大幅に緩和された。また、海賊対処法により、自衛隊は日本以外の他国船籍の船を護衛することが可能になった。同年9月の民主党政権発足以降も、自衛隊の派遣は今日に至るまで間断なく継続されてきた。

【表】自衛隊派遣部隊

派遣部隊は、アデン湾において、主として2隻の護衛艦で民間船の航行を護衛することを任務とする「派遣海賊対処水上部隊」と、2機のP-3C哨戒機で、空からの警戒監視や情報収集、他国軍への情報提供を行う「派遣海賊対処航空隊」から成り、その概要は上記の表のとおりである。航空隊は、海外に派遣する部隊としては初めて海自と陸自の統合部隊として編成されている。今回、運用開始されたジブチ基地は、航空隊の活動拠点として開設された。
水上部隊は約3か月半ごと、航空隊は約4か月ごとに交代し、現在はそれぞれ第10次隊と第8次隊が活動している。11年11月末までに実施された活動は、防衛省発表をまとめると以下のとおりとなる。

 <水上部隊>
  • 護衛回数 305回
  • 護衛隻数 累計2327隻
    内訳 日本籍船 19隻
    日本の事業者が運航する外国籍船 577隻
    その他の外国籍船 1731隻
 <航空隊>
  • 飛行回数 581回
  • 飛行時間 約4490時間
  • 確認した商船数 約44230隻
  • 護衛艦、諸外国の艦艇等及び民間商船への情報提供 約5290回

日本政府がアデン湾への自衛隊派遣の主目的としている、日本関係船舶(日本籍船及び日本の事業者が運航する外国籍船)に対する護衛は596隻であり、全護衛隻数2327隻のうちの25.6%である。さらに日本籍船に限った場合の全体に占める割合は、わずか0.8%しかない。
日本政府関係省庁連絡会の「2010年海賊対処レポート」(2011年2月3日)は、2008年~10年の「ソマリア沖全体での海賊発生件数に対するアデン湾での割合」を指標として、「2008年の83%から2009年には54%、2010年には24%と大幅に減少した。自衛隊をはじめとする各国海軍等の活動の大きな成果」と述べている。しかし前出の図(グラフ)のとおり、ソマリア周辺の海賊行為は2008年から2009年に倍増し、2010年も同水準にある。これは、アデン湾の各国海軍を回避した海賊の活動範囲が拡散した結果であろう。その範囲はアラビア海、インド洋西部、マダガスカル沖にまで及ぶ(地図参照)。このようにソマリア沖から活動範囲を拡大する海賊を前にして、現状の各国海軍による海上での対処のみでは問題の根本解決には程遠く、長期化の様相を呈している。

【地図】ソマリア周辺海賊状況

「活動拠点」という名の基地
日本政府は、ジブチに新設した施設を「基地」とは言わず、一貫して「活動拠点」と呼んでいる。他方で、自衛隊の国内の拠点については「基地」と呼び、例えば海上自衛隊ウェブサイトのトップページには、「基地の所在地」などとある。しかし、実態としてはジブチの施設も、国内基地と何ら変わらず、「基地」そのものであり、本来そう呼ばれてしかるべきである。
2011年9月23日公表の米議会調査局(CRS)報告書「日米関係:議会にとっての問題点」には、以下の記述がある。

「2010年4月、日本政府は、軍隊の海外基地を効果的に確立するために、ジブチに4,000万ドルをかけて独自の施設を建設する計画を発表した。第2次大戦以降、初の日本の海外基地であるが、この動きは、概して平和主義的な日本社会において、ほとんど論争にはなっていない」(強調は筆者)。

日本政府は、「論争」になる可能性を自覚しているがゆえに、あくまでも「活動拠点」との呼称にこだわっているのであろう。そのことは、国会での質問主意書(例えば、2011年6月7日の木村太郎議員(自民・衆)、2011年6月20日の馳浩議員(自民・衆))で、「海外基地」との表現が使われる度に、政府答弁書で「ご指摘の『海外基地』の意味するところは定かではないが」と断っていることにも表れている。
日本の新聞各紙の大半は、政府発表のまま「新拠点」と報じている(報道そのものが僅少ではあるが)。他方、海外では「基地(Base)」としているものが多い。ジブチと国境を接するソマリランドの「ソマリランド・プレス」(10年4月29日付)は、「日本の海軍基地がジブチに開設」との見出しで報じ、「日本は初となる海外の軍事基地をジブチに開設」し、「ジブチ基地は、第2次大戦以降、自衛隊を有しながらも、正規軍を持たず、戦争をせずにきた日本に新たな次元をもたらす」と伝えている。

(※ソマリア半島北西部で独立を宣言した地域。治安はアフリカでは比較的安定しており、事実上の独立国家の機能を有しているが、国際的に国家承認されるまでには至っていない。)

自衛隊が海外に施設を設置した例としては、04年1月から06年7月までの陸上自衛隊のイラク・サマーワ宿営地がある。これも「基地」と呼べないことはないが、時限立法のイラク特措法に基づく一時的なものであった。しかしジブチ基地は、恒久法であり、部隊の「撤退期限」自体が存在しない海賊対処法による活動のためのものであり、長期的駐留を前提とした本格的な基地である。そもそもの問題点として、憲法はもとより、自衛隊法の中にさえ、当然のことながら海外での恒久的な駐留基地の建設を正当化するような規定はない。ジブチ基地の開設は、国民的議論を置き去りにした自衛隊海外展開の既成事実の積み重ねが、また一つ、看過できない一線を越えたことを意味する。

駐留部隊の法的地位
ジブチ駐留部隊には、その法的地位にも重大な問題がある。2009年4月3日、中曽根弘文外相とユスフ・ジブチ外務・国際協力相は、「ジブチ共和国における日本国の自衛隊等の地位に関する日本国政府とジブチ共和国政府との間の交換公文」(文末に資料)に署名した。自衛隊イラク派遣に伴い、03年12月にクウェートと結んだのに続く、自衛隊にとって2度目の「地位協定」である。この地位協定には、日米地位協定以上とも言える日本側の特権が規定されている。
「公文」第4項は、ジブチに駐留する部隊に様々な特権を与えている。のみならず、第8項では、ジブチ内でのすべての刑事裁判権を日本側に与えることが規定されている。これにより、ジブチにおいて自衛官や海上保安官がいかなる犯罪行為を行ったとしても、ジブチの法律は適用されず、日本の法律で日本の裁判所が裁くことになる。クウェート地位協定では、公務外の犯罪はクウェートの法律で裁くとされていた。また、多くの問題が指摘されている日米地位協定でも、公務中の場合は米国側が第1次裁判権を持つが、公務外であれば日本が裁判権を持つ。しかし、ジブチ地位協定には「公務中・公務外」の定義すら存在せず、すべては日本の法で裁かれる。このような地位協定の在り方は、「他国と対等関係に立とうとする各国の責務」を前文でうたった日本国憲法の国際協調主義の精神にも反している。
この問題の追及は、これまで国会でも皆無に等しく、市民社会においても不足していることは否めない。沖縄をはじめとする米兵犯罪等をめぐる日米地位協定の見直しは必要であり、それを求めていくのは当然のことである。しかし今後は、日米地位協定を指摘する時、ジブチ地位協定における日本の一方的優位性についての指摘も同時になされなければ、その説得力は弱いものとなるであろう。
;海賊対処法は自衛隊派遣の国会承認を不要としており、日本政府はジブチ政府との地位協定締結も全く同じ精神の下で、国会にも国民にも事前の説明なく、外交事務として処理した。当時の中曽根外相は、2009年04月15日の国会答弁で、「日本が海外の組織を受け入れる地位協定と違い、日本が先方で受け入れてもらうということであり、自衛隊員、海上保安庁の特権・免除ということで、日本側に対する優位的なものを取り決めるから、これは日本の国会の承認はいただかなくてもいい」と述べている。この高慢な態度も、強く批判されてしかるべきであろう。

軍事力によらない取り組みと、国民的議論を
いうまでもなく海賊行為は犯罪であり、民間船への襲撃行為は非常に深刻な問題である。一方で、これまで20か国以上の軍隊が海賊対策にあたってきてもなお、ソマリア沖の海賊問題は収束するどころか、拡散・悪化の一途をたどっている。これは、軍事力による海上での作戦活動の限界を示していると言えるだろう。いま国際社会に求められているのは、ソマリアの政治・社会・経済を安定化させ、貧困を解消し、海賊行為そのものの根を絶つための「陸の上での取り組み」をより本格化・加速化させることである。その際、マラッカ海峡の海賊対策のために日本政府が主導して2006年に作られた「アジア海賊対策地域協力協定」(ReCAAP)を成功事例として、参考にすべきである。
ソマリア沖海賊への対処では、2009年に、国際海事機関(IMO)主催による「ソマリア周辺海域海賊対策地域会合」が開かれ、また、2011年11月には、日本の海上保安庁が主催の「中東・東アフリカ地域海上保安機関高級実務者会議」及び「ソマリア周辺海域海賊対策国際フォーラム」が開催され、ソマリア周辺国の政府関係者が来日し、海賊対策について議論を行っている。マラッカ海峡で海上保安庁の巡視船が海賊対策にあたっているように、ソマリア周辺の海賊対策においても、海上保安庁のイニシアティブにより、これらの取り組みを加速化させ、問題解決の糸口を探っていくことは可能なはずである。

自衛隊のジブチ基地開設は、本来、様々な段階や論点において、国民的議論が徹底的に成されなければならなかったはずの出来事である。その論点は、海外基地建設の問題性、地位協定のあり方、ソマリア沖派遣の是非、そして自衛隊の存在そのものと憲法との整合性をどう捉えるかといった根源的なところまで及んでもおかしくない。これは、日本が世界に対しどのような存在を示していくかという、非常に大きく、国家や社会の根幹に関わる問題である。しかし、実際のジブチ基地開設は、国会軽視や国民無視の状況下で進められ、公開の場で広い議論がなされた形跡は、皆無に等しい。自国側の多大な特権をジブチ側に押しつける形で締結された地位協定の問題性も併せて、この問題は、今からでも国民的議論により、検証・再考されるべきである。

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【資料】ジブチ共和国における日本国の自衛隊等の地位に関する日本国政府とジブチ共和国政府との間の交換公文(抜粋)

2009年4月3日、署名及び交換

1~3(略)
4 部隊、海上保安庁及び連絡事務所は、ジブチ共和国政府によって次の特権及び免除を与えられる
  (a) 施設並びに部隊、海上保安庁又は連絡事務所が使用する船舶及び航空機は、不可侵とする。ただし、ジブチ共和国政府の官吏は、日本国政府の権限のある代表者の同意を得てそれらに立ち入ることを許される。
  (b) 部隊、海上保安庁及び連絡事務所並びにこれらの財産及び資産(所在地及び占有者のいかんを問わない。)は、あらゆる形式の訴訟手続からの免除を享有する。
  (c) 施設、施設内にある用具類その他の資産及び部隊、海上保安庁又は連絡事務所の輸送手段は、捜索、徴発、差押え又は強制執行を免除される。
  (d) 部隊、海上保安庁及び連絡事務所の公文書及び書類は、いずれの時及びいずれの場所においても不可侵とする。
  (e) 部隊、海上保安庁及び連絡事務所の公用通信は、不可侵とする。
5~7(略)
8  日本国の権限のある当局は、ジブチ共和国の領域内において、ジブチ共和国の権限のある当局と協力して、日本国の法令によって与えられたすべての刑事裁判権及び懲戒上の権限をすべての要員について行使する権利を有する。
9 (a) 民間又は政府の財産の損害又は滅失に関する請求及び人の死亡又は傷害に関する請求は、当該請求の当事者間の協議を通じて友好的に解決する。
  (b) 友好的な解決に達することができない場合には、その紛争は、両政府による協議及び交渉を通じて解決する。
10~21(略)

(強調はピースデポ。外務省HPに全文。)

 

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