平和軍縮時評

2012年02月19日

平和軍縮時評2月号 米国の新「国防戦略指針」―「全政府的アプローチ」によって軍の役割と軍事費の縮小を目指す―今こそ、日本の護憲・平和運動の出番だ 田巻一彦

 

「待ったなし」の財政再建と軍の「生き残り戦略」
1月5日、米国は「合衆国のグローバルな指導力を持続する―21世紀の国防における優先課題」と題された新しい国防戦略指針(以下「新指針」と呼ぶ)を発表した。この世界戦略の大幅見直しの動機は「財政再建=赤字からの脱却」である。
※ 原文は、www.defense.gov/news/Defense_Strategic_Guidance.pdf
2010年4月13日、ジョージワシントン大学での「財政政策に関する演説」で、オバマ大統領は、今後12年間で4兆ドルの財政赤字を削減するためには、「変化しつつある世界における米国の任務、能力及び役割の根本的見直し」が必要であるとし、見直しが完了した暁にはそれを「予算に関する具体的な決定」に反映させるとの考えを示した。この方針に基づき大統領は国防総省に国防戦略の大幅見直しの指針を策定することを指示した。
「新指針」の目的は、この問題意識に立って、2010年5月に発表された「国家安全保障戦略」の履行プロセスを財政的現実に合致させることにある。「国家安全保障戦略」が強調したのは、米国が最重視するテロや大量破壊兵器の拡散といった課題に対処するためには、防衛、外交、開発、国土安全保障、情報などを「バランスさせ、統合」した「全政府的アプローチ」が必要だということである。その意味で、「新指針」は、本コラムの2011年2月号で紹介した「4年毎の外交・開発政策見直し」(QDDR)と同じ根っこを持つ。QDDRは「全政府的アプローチ」を「外交」の立場、つまり国務省の政策や制度としていかに具体化するのかを明らかにしたのだが、この流れが、「待ったなし」の財政再建という至上命題に押されて、いよいよ安全保障の「総本山」である国防総省と軍にまで波及したのである。
http://www.peace-forum.com/p-da/110228.html
しかし、国防総省だって黙って「全政府的」などという考えを受け入れるわけにはいかない。彼らは「軍」という公共事業、軍人や兵士とその家族の生活の維持、そして軍需産業の利益という「既得権」を守らねばならない。「新戦略指針」が、「全政府的アプローチ」と「核兵器のない世界」ビジョンに象徴される、オバマ政権の「軍事依存縮小志向」と、国防総省・軍の「生き残り戦略」の間の微妙なバランスの上に立つものとなったのは当然である。

アジア太平洋をにらむ「3つの能力」
「新指針」が、東アジアからインド洋にいたるアジア太平洋と中東を最も戦略的重要性の高い地域に位置付ける既定路線を再確認したした上で示した「21世紀の国防における優先課題」の抜粋訳を資料に示す。
【資料】合衆国のグローバルな指導力を持続する21世紀の国防における優先課題(抜粋訳)
とりわけ重要なのは、次の4つのことだ。
(1)「2正面作戦対処」能力から「1正面作戦+1抑止」能力へ
2010年QDR(4年毎の国防見直し)が示した「同時に生起する2つの大規模地域紛争に対処する能力」に代わって、「ある地域における大規模作戦に従事する一方で、もう一つの地域において侵略の機会を伺う者を抑止・撃破する能力」が目指される。QDRからわずか2年経たないで「2正面」が「1正面+α」対処に改められたのである。QDRから2年も立たずに行われた大きな方針転換である。このように、米国の戦略は軍事情勢以外の諸事情(財政状況等)によっても、基本部分において変わりうる。私たちはそのことをまず頭に入れておこう。
(2)接近阻止・領域拒否環境における効果的作戦
「新指針」は、「中国とイラン」を名指しにして、米国がこう名付けた両国の態勢に抗して行動の自由を確保することを、最大限追求すると強調する。この作戦で採用されるのは、統合参謀本部の「統合作戦アクセス概念」(JOAC)4である。JOACは海、空、宇宙、サイバー空間を舞台に同盟国を巻き込んで実行される。「新戦略指針」はこの作戦概念を支える「潜水作戦能力、新型ステルス爆撃機の開発、ミサイル防衛の改良、宇宙の重要軍事施設の抗堪性、有効性の向上」などの分野への投資を継続するとも述べている。これは、「新指針」が軍備増強の方向性を示したのは唯一の箇所である。
米国が世界的なパートナーであると呼ぶ中国と、核兵器開発疑惑で制裁を課しているイランを併記するという政治・外交感覚には驚くべきものがあるし、あたかも中国を「仮想敵」とするかのような「軍備増強路線」を示したこの部分は「新指針」のもっとも挑発的で危険な側面を示すものといえる。だが。見方をかえれば、すでに世界一の巨大軍への「投資拡大」は中国ぐらい引き合いに出さねば「買い支える」ことができないのだという、冷めた見方も私たちは持っておく必要があろう。
(3)「駐留」ではなく「ローテーションと演習」によるプレゼンス維持
「新指針」は大規模部隊の長期駐留に代えて「ローテーション配備と二国間及び多国間演習の実施によるプレゼンス」を重視する。この立場自体は決して新しいものではない。21世紀に入ってすぐに始まった「世界的態勢見直し」(GPR)もこの路線に基づくものであった。これをもっと徹底して経費削減につなげようという意味である。
(4)軍の規模を決める4つの課題―新予算で具体化
一方、「新指針」は軍の規模と構成は、次の4つの任務の要請によって決定されるとしている。対テロ及び非正規戦闘、侵略の抑止と撃破、安全で防護され効果的な核抑止、そして本土防衛と文民機関への支援(資料・最終段落)。
2月13日に発表された「2013会計年(2012年10月~)国防予算案」は、陸軍(現在56万2000人)を7万2000人、海兵隊(現20万2000人)を2万人削減する一方、特殊部隊の増強や国内基地閉鎖の新プロセスの開始等を含む予算要求方針を明らかにした。核兵器関係予算は多少鈍化するものの増加を続ける。

護憲・平和運動の新しい現場
「新指針」の下、米国は「抑止力と世界的リーダーシップ」とを維持するために、「全政府的アプローチ」によって軍の役割の縮小を追求する一方で、特定の重点分野への資源の再投資を進めてゆくであろう。その過程において求められるのが同盟国の「責任分担」と「財政負担」、同盟国軍と米軍の「相互運用」の拡大である。同指針は次のように言う。「世界におけるパートナーシップの確立は、費用とグローバルな指導力を分かち合うために重要でありつづける。」(「グローバルな安全保障環境の課題」)。
実際に、米国がアジア太平洋で展開してきた外交交渉は同指針を先取りするものである。オーストラリアとはすでに最大2500人の海兵隊ローテーション配備を合意(2011年11月16日)、一方ではフィリピンとの基地使用協定の再交渉、シンガポールとの基地使用交渉は新しい沿岸戦闘艦(LCS)の合意にまで進んだ。「ローテーションと演習によるプレゼンス」の再編が行われつつあるのだ。
2005年、米軍再編に関する「日米共同発表」で「戦略目標」を共有し、日米の「相互運用」を確認した日本は、「抑止力強化」のための米軍再編合意(2006年)につづいて「平成23年度以降に係る防衛計画の大綱」(2010年12月)では、「接近阻止、領域拒否」対処能力と軌を一にするともいうべき「西方海域防衛重視」方針を明らかにした。
※ 本コラム2010年12月号。http://www.peace-forum.com/p-da/101230.html
今年2月8日の日米「共同報道発表」において、日本はアジア太平洋の戦略見直しに関する「米国のイニシャティブを歓迎」し、「新指針」をアジア太平洋地域の平和と安全の維持のための「日米共通ので示された沖縄海兵隊再編の「パッケージ」の一部見直に合意した。当初方針より縮小されたグアムへの移転とオーストラリア駐留部隊を含めた「ローテーションと演習によるプレゼンス」への移行作業が始まろうとしている。一方では、日本の「責任分担」、「相互運用」の議論が今後いっそう高まるであろう。
※ 外務省ホームページに原文と仮訳
www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/sfa/jpr_120209.html
しかし、日本は責任分担の拡大に応じる必要はない。
それは、日本が米国と同じような財政危機を抱え、震災復興こそが優先されるべきだという理由からだけではない。私たちが注目するべきは、先に述べたように「新指針」が、安全保障における軍(ハードパワー)の役割を減少してそれを、外交を中心とする「ソフトパワー」によって置き換えるという方向性を持っていることである。米国は「ソフトパワー」という言葉は使わず、「スマートパワー」という。「スマートパワー」とは軍事力を最終的担保とする「ソフトパワー」と「ハードパワー」の統合した力である。言いかえれば、米国流「スマートパワー」には「外交を軍が肩代わりする」危うさがたえず潜んでいるのだ。これに対して憲法平和主義を持つ日本は、文字通り「外交によって軍を肩代わりする」可能性を、米国よりもずっと大きく持っているのである。
しかも、ここで大事なことは―<平和フォーラム>の読者からは不興を買うかもしれないことを承知でいえば―米国が「全政府的アプローチ」を基礎とした「新指針」を出したいま、日本の「ソフトパワー」拡大が、現政権がつねづね強調する「日米同盟の深化」と矛盾しないで(それどころかより「深化」しつつ)進みうるということだ。
だから私たちは今こそ、挑発的な「抑止力」にとってかわる「全政府的取組み」を、日本が開始する要求を強める必要がある。東シナ海での緊張緩和や「北東アジア非核兵器地帯」設立を目指して、中国との外交対話を強めることは、差し迫った課題の一つである。その声を地域から政治家たちに突き付けてゆこう。
平和運動の新しい「現場」がここにあるのだ。

 

TOPに戻る