2012年、平和軍縮時評

2012年07月30日

平和軍縮時評7月号 「NPTを越える新たな仕組み」への道をめざしたい ―2015年NPT再検討会議第1回準備委員会に参加して―  湯浅一郎

   4月30日から5月11日にかけ、オーストリアのウイーン国際センターにおいて、2015年核不拡散条約(NPT)再検討会議第1回準備委員会が開催され、核軍縮・核不拡散をめざして2015年に向けた新たなサイクルが始まった。この会議の最大の焦点は、2010年NPT再検討会議最終合意に初めて盛り込まれた国際人道法の遵守、核兵器禁止条約に留意する、中東非核・非大量破壊兵器地帯に関する会議の開催などがどう履行されていくのかであった。併せて福島事態を受けて、NPT三本柱の一つである核の平和利用がどう扱われるのかも大きな関心事である。
   ピースデポは、NPT再検討会議の場が、世界の核軍縮をめぐる論議の動向を把握し、活動の方向を定めるうえで重要との観点から、ほぼ毎回、サイドイベントとして韓国NGOと共催でワークショップを開催してきている。今回も、そのために5月5日から10日までウイーンに滞在した。私的関心も含めウイーン会議につき報告する。

(1) 日韓共催ワークショップ「北東アジアにおける協調的安全保障へ」開催
   5月7日、NGOルームにおいて、日韓NGO共催ワークショップ「北東アジアにおける協調的安全保障へ」を開催した。副題を「6カ国協議、北東アジア非核兵器地帯、核燃料サイクル」とした。主催は、日本側がピースデポ、ピースボート、韓国側は平和ネットワーク、PSPD、ノーチラスARIである。
   「核兵器のない世界」への気運の高まりの一方で、北東アジアでは、核抑止を頂点とした軍事力で安全を担保するという思考が続き、最も先鋭化している地域の一つである。この状況を打開するためには、不信と対立の悪循環から抜け出し、北東アジアに対話と協調による多国間の協調的安全保障の枠組み作りを目指す取り組みを一層強化せねばならない。そこで、北東アジア非核兵器地帯を軸にしつつ、朝鮮半島の戦争状態の早期終結、安全保障に関する常設協議体の設置など、包括的な枠組み作りへの共同の議論を前進させたいという問題意識でワークショップを開催した。
   まず日本非核宣言自治体協議会、平和市長会議の会長として、それぞれ長崎、広島両市長からの連帯メッセージを読み上げた。プログラムは2部構成で、第1部は包括的な問題として、「金正恩体制と6か国協議」(チョン・ウクシク(韓国平和ネットワーク)、「北東アジア非核兵器地帯を軸とした包括的な安全保障の枠組み」(筆者)が問題提起をした。第2部では、やや個別的な課題ごとに、「米朝協議と衛星発射」(高原孝生(ピースデポ))、「チェジュド海軍基地とMD」(チョン・ウクシク)、「核燃料サイクルと再処理」(川崎 哲(ピースボート))の報告を行った。開催時期が遅れ、NGO関係者の多くが帰途についていた頃で、参加は40人強であったが、モンゴルのエンクサイハン大使ご本人が参加され、非核兵器地帯の価値と重要性について発言してくれた。日韓外務省の若手外交官の参加も得られた。世界レベルの核軍縮の議論をする場ではあるが、北東アジアという緊張が続く地域で、核軍縮をも含む包括的なアプローチにより、国際的な平和に寄与するという論議は、欧米の活動家からも関心が示され、英語での報告集を出してほしいとの宿題をもらった。

(2) 核兵器の非人道性を訴える世界的潮流は拡大
   2010年NPT再検討会議の最終合意は、これまでにない以下3点の画期的な要素が盛り込まれている(*ピースデポ・ブックレット『2010年NPT再検討会議最終文書』参照)。

  1. 「核兵器禁止条約についての交渉、あるいは相互に補強しあう別々の条約の枠組みに関する合意、の検討を提案したことに留意する」(行動勧告1Bⅲ)との国連事務総長の提案に初めて言及した。核兵器国の抵抗で「提案に留意する」という弱い表現にはなったが、NPTの合意文書に、初めて「核兵器禁止条約」という表現が盛り込まれた。
  2. 核兵器の非人道的性格についての合意が初めて盛り込まれた(行動勧告1Aⅴ)。
    「会議は、核兵器のいかなる使用も壊滅的な人道的結果をもたらすことに深い懸念を表明し、すべての加盟国がいかなる時も、適用可能な国際法を順守する必要性を再確認する。」
  3. 1995年のNPT再検討・延長会議で採択された中東決議の履行について、2012年中に中東非核・非核兵器地帯設立のための関係国すべてが参加する国際会議を開催する。

   これらが、2015年に向けていかに展開していくのかが焦点となった。会議は、NPT条約のすべての条項に関して現状を検討し、その履行を議論する場であるが、以下3つの問題群(クラスター)に分けて進められた。
   クラスター1議題:核不拡散、核軍縮、国際安全保障
   クラスター2議題:保障措置、非核兵器地帯
   クラスター3議題:平和目的の核エネルギーの開発研究、生産、利用への締約国の権利

   「非人道性」に焦点をあて核兵器廃絶を求める声のハイライトは、5月2日、オーストリア、チリ、コスタリカ等16か国が発した「核軍縮の人道的側面に関する共同声明」(「核兵器・核実験モニター」405号、2012年8月1日号に全訳)である。声明はスイスによって発表されたが、NPT史上初めて2010年合意に明示的に登場した新しい国際人道法に関わる視点を積極的に発展させようとしたものである。声明は、すべての加盟国、とりわけ核兵器国に対して2015年に向かうNPT再検討過程の中で人道的側面を重視するよう次のように求めている。
   「すべての国家は、核兵器を非合法化し、核兵器のない世界を実現するための努力を強めなければなりません。」、「この再検討の過程にとって、核兵器の人道的な影響が十分に取り上げられることが極めて重要です。我々はすべての加盟国、とりわけ核兵器国に対し、国際法および国際人道法の遵守に対する誓約に関し、よりいっそうの注意を払うことを求めます。」
   広島、長崎の体験を持つ日本の市民にとって、核兵器の非人道性は当たり前のことだが、国際的には、ようやく出てきたうねりである。そして、不思議なことに、日本政府は「16か国声明」に加わっていないのである。日本政府が積極的ではないという面と、あえて日本に話が持ち込まれなかったとの説もあり、真相は不明である。いずれにせよ背景に米国の核の傘の下で核兵器に依存して自らの安全を守るという日本の外交方針があることは明らかである。

   第2の焦点とも言える「中東決議の履行をめざした2012年国際会議の開催」については、会議のファシリテーターとして任命されたフィンランドのヤッコ・ラーヤバ国務次官が、100回以上の協議を踏まえ、公式報告を行なった。2012年内のフィンランド開催をめざすことが示された。参加国について、現時点では明示されていない。しかし、参加を拒否している国はないという。肝心な議題、運営形態、まとめの方法、継続的プロセスに向けたフォローアップ措置などは未確定で、具体的なことは示されなかった。1995年以来、全く前進がない背景には、中東の歴史的に根の深い複雑な政治的構図がある。実質的に核保有国であるイスラエルは、NPTにも属さず、あくまでも軍事的優位の維持を基本方針としており、どのような形での参加が可能なのか不明である。加えて核開発疑惑のあるイラン問題もある。国際的な支持を受けて2012年開催が確認された意義は大きいが、非核・非大量破壊兵器地帯へと至るロードマップの中で2012年会議をどう構想するのかは、いまだ見えず、課題山積である。
   「地域の問題」セッションで、マレーシアは、「南アジア、北東アジア、中央ヨーロッパでも非核兵器地帯を作るべきである」と述べた。各国演説で北東アジア等、中東以外での非核兵器地帯に触れた演説は唯一これだけであった。また非同盟運動は、非核兵器地帯と題した作業文書を提出している。1999年の国連軍縮委員会(UNDC)の報告書にそって、新たな非核兵器地帯を作ることを求め、特にモンゴルが一国で非核地帯地位となることを追及していることの意義を高く評価した。また、P5が、2011年、バンコク条約の消極的安全保証に関してASEAN諸国と合意したことを強調し、7月までに議定書に署名するよう求めている。日韓両政府は、自らの地域における非核化をこそ真剣に考えるべきであるが、北朝鮮の衛星発射や核開発への非難をくりかえすだけで、北東アジアの停滞をいかに突破するのかに関する前向きな姿勢は皆無であった。

(3) 福島事態でも不動のNPT体制 ―第3の柱「平和利用」は万全なのか?―
   クラスター3「平和目的のための原子力の研究、生産及び利用」の問題群では、32か国と国家群が発言した。発言者の半数は直接、福島原発の問題に言及したが、大半の趣旨は、「福島での事故は原子力の平和利用にとって大きな教訓であり、原子力の安全性をより一層高めるべきである。しかし原子力利用の拡大にとって、深刻な障害になるようなものではない」というものであった。平和利用の促進に一定の疑問を呈したのは、タイ、オーストリア、フィリピンなどわずかである。他の国々は、軒並み原発の安全基準や事故対策の強化の下で、従来通り原子力の平和利用を推進する方針である。福島原発での事故は、国際的な原子力の平和利用の促進という流れを変えるほどではなく、安全性を最優先すべきことを再認識させた程度にとどまっている。
   フランスは、福島原発事故は、あくまでも未曽有の天災によるものとし、チェルノブイリの教訓を生かして、人命が保護されたことをむしろ評価している。平和利用に最も固執する立場から言えば当然の姿勢とは言え、フランスは、この分野でイニシアティブを発揮しようと躍起になっている。
   技術力の高い国の一つである日本で、大事故が起きてしまったにもかかわらず、これは例外的な出来事としてかたずけ、相変わらず「核エネルギーの平和利用は、だれも犯すことのできない権利」であるとの幻想が生き残ろうとしている。世界の平和利用の機関車である国際原子力機関(IAEA)が入居している国連ビルの中で、NPTの議論を聞きながら、人類の愚かさは並ではないと思い知らされた。福島事態の深刻さが、ほとんど議論の対象にならない。「核不拡散」がテーマであるかぎり、仕方ない面があるとも言えるが、福島原発の大事故で、日本社会全体が混迷した状態になっているにもかかわらず、NPTの3本柱の一つである「平和利用」が微動だにしない現状に驚いた。安全性に気をつけよう、世界最高の安全な原発へとするだけで、平和利用そのものを否定する論調はほとんど見受けられなかった。原発を日々稼働することが、炉内に新たな「死の灰」とプルトニウムを生産し続けることであることが正確には理解されていないのではないかと感じた。
   福島事態により、日本社会が、どのように混迷しているかの深刻さを、総体として正確に集大成し、それを世界に向けて発信していくことが、日本の民衆運動にとって極めて重要な課題であることを痛感した。さらに言うと、日本が脱原発依存の方針を立て、一定の時間をかけてでも原発ゼロを目標とする政策を選択する意義は極めて大きい。人類全体が、どこへ向かうかを決めるうえで大きな要素になるはずである。

   会議をトータルにみれば、議事は順調に進み、核軍縮をめぐる建設的議論の基盤を築いたとは言える。しかし核兵器保有国の、核依存政策と核戦力の近代化路線の中で、核兵器ゼロへ向けての論議が始まった実感はない。軍事、平和利用のいかんにかかわらず核エネルギー利用総体を越えるためには、どこかでNPTを越える新たな仕組みを作っていかねばならない。そのためには、まだまだ長い道のりを想定せざるを得ない現実を改めて自覚させられる旅であった。次回の第2回準備委員会は2013年4月22日から5月3日にジュネーブで開催される。

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