2012年、平和軍縮時評

2012年10月30日

平和軍縮時評10月号 生命の母・海からの警告 ―続く海の放射能汚染―  湯浅一郎

はじめに
   東電福島第一原発事故から2回目の秋である。昨年の今頃は、旬のサンマを安心して食べられるのかなどが大きな問題になっていたが、今年はほとんど話題にのぼらなくなった。サンマについては、あまり深刻な汚染になっていない面はある。しかし海洋の生態系全体への影響に関しては不明なことが多いし、二次汚染の進行という意味では、事態は何も良くはなっていない。
   この問題について、筆者は、本時評2011年8月号の「福島原発事態による海洋の放射能汚染」で、事故から半年弱の状況から見えることを整理した。さらに水産庁、文科省、東電などの2011年末までのデータを解析し、「海の放射能汚染」(緑風出版、2012年6月刊)という本にまとめた。その最大の問題意識は、一つ一つの水産生物の安全性をいかにチェックするかを越えて、核エネルギー開発から70年余の人類による放射能放出により、生命の母としての海がいかに、謂れのない放射能汚染を被ってきたかを改めて思い起こし、それをくりかえすのか否かを問うことであった。本稿では主として、この1年半に見えてきたことを中心に福島事故に伴う海の放射能汚染につき述べる。

海への放射能流入の4つのプロセス
   福島原発の事故で放出された放射能による海への影響をもたらしたプロセスは、以下のことが考えられる。
   a) 大気に放出されたのち、海に降下する。
   b) 原発から海へ液体で直接的に漏出する。
   c) 陸への降下物が河川、地下水により海へ輸送される。
   d) 海底に堆積した汚染物質が2次汚染源となる。
   このうち瞬時的な量として多いのはa)、b)で、事故直後から1~2か月の間に大量に放出された。c)、d)は、いったん環境中に放出され、陸や海底に堆積したものが、水に溶け、移動することによる2次的な汚染である。
   a)については、原発が海に面して立地していることから、大気に放出されたものの半分が海に降下したと考えられる。2011年6月の政府発表では、セシウムの大気への放出量は約20京ベクレルといわれていた。その半分、約10京ベクレルが大気から海への降下量とみられていた。2012年5月になり、東電はこれらの数値を40京ベクレルへと改めており、当初の報告より大幅に増えている。これを使えば20京ベクレルが、大気から海へ落ちたとみられる。
   b)について、当初、東電は、2011年4月2日に発見した取水口付近からの高濃度水の流出など3件について、計4.7ペタベクレルとしていた。これには、3月末までの急激に海水中濃度を上昇させた負荷が含まれておらず、その点を考慮し、フランス放射線防護原子力安全研究所は、海水中の現存量から2.7京ベクレルと推算している。こちらの方が現実に近いとみられる。
   c)については、上流の汚染状況を反映して、個々の河川ごとに異なる。最も多いとみられる阿武隈川については、2011年6~8月にかけ、河口で河川水中のセシウム濃度や流量測定から、1日当たり524億ベクレルが海に入っているという試算がある。これは、月に1.6兆ベクレル、1年で約19兆ベクレルになる。b)と比べても桁が2、ないし3つ小さいが、少なくとも数十年にわたり継続することで重大な問題となる。
   河川を通じての海への供給を考える際、文科省による、2011年11月11日、航空機から測定した放射性セシウム(セシウム134及び137)沈着量の空間分布図は有用である。最も高濃度の汚染を受けた原発から西北西へ約50km圏内の強制避難地域。その先の福島市、二本松市、郡山市など阿武隈川流域に沿った高濃度域。更に、それは山間部に沿って南へ伸び、栃木、群馬、埼玉、さらには東京の奥多摩にまで達している領域。他方、関東地方平野部では、柏、松戸といった茨城、埼玉、千葉、東京の県境にやや高濃度域が見られる。この分布図と河川地形を重ねれば、例えば東京湾、霞ヶ浦、日本海側などの汚染の要因を解釈することができる。
   d)については今後、問題になっていくとみられるが具体的な試算はない。文科省が11年5月から宮城県から千葉県にかけての沖合で、海底堆積物のセシウム濃度を測定している。セシウムは、原発からの距離に、ある程度比例しつつ、南へ100~170km離れた大洗から鹿嶋にかけて、相当広い範囲で高濃度域が存在する。これは、親潮と黒潮の潮境が停滞していた領域で放射能が沈降し、ひいては海底に沈殿しやすい環境があったと考えられる。
   a)、b)の一時的な放出が終息し、陸や海の各所に分散し、一定の時間を経た現在、c)、d)による影響が市民社会に近いところで、中長期にわたり問題になっていくことが予想される。
   いづれにしろ、これらの過程を通じて放射能が流入した海は、世界三大漁場の一つとして世界的に著名な漁場である。黒潮と親潮が常に接し合い、恒常的な潮境域となっている。それを作っているのは、太平洋など大洋規模の大きな循環流である。地球を外から見れば、地球表面の海洋にできる大きな循環流は、惑星に固有な海流と捉えることができる。「沈黙の春」で著名なレイチェル・カーソンは、その名著「われらをめぐる海」(1951年)で、これらの壮大な海流を称して「惑星海流」という名が最もふさわしいと述べている。それを産み出すのは、地球が受けとる太陽エネルギーの不均一性と地球自転である。いわば地球という星が自然に作っている惑星規模の2つの循環流が安定した大規模な漁場を生み出しているのである。そこに面した核施設の1つから大量の放射能が海に放出されたのである。

複層的な海洋生物汚染
   海洋生物(水産庁調べ)については、2011年3月24日から青森沖から千葉沖までを中心に調査が続けられ、2011年12月現在、5091検体にのぼっていた。これは2012年10月31日現在、11550検体になっている。主な対象は放射性セシウム(当初はヨウ素も含まれていた)である。対象生物は、表層性魚(イカナゴ、カタクチイワシ)、中層性魚(スズキ)、底層性魚(アイナメ、メバル、ヒラメ、カレイ)、回遊魚(マダラ、マサバ、サンマ、カツオ、マグロ)、貝類、ウニ、海藻類(ワカメ、ヒジキ、アラメ)、淡水魚(アユ、ヤマメ、イワナ、ワカサギ、ウグイ)など多岐にわたる。
   事故で膨大な放射性物質が環境中に放出されたことは言うまでもないが、最も深刻な汚染を呈しているのは、福島沖から茨城県北部を中心にした底層性の魚種である。アイナメ、ヒラメ、メバル、コモンカスベ(エイの仲間)などでは基準値を超える高濃度の汚染が顕著で、その長期化が懸念される。例えばアイナメは、徐々に減りつつあるとはいえ、2012年10月末になっても福島原発から南側の広野、久の浜などを中心に1kg当り300ベクレルを越えるものが検出されている。これは、2011年7月頃から一貫しており、状態は全く変わっていない。セシウム137の半減期が30年であることと、一定の大きさを有した魚類には、数年以上の寿命があることを重ねて考えれば、この状態は、相当長期にわたり継続する。さらに、福島県北部の新地から茨城県北部の北茨城あたりまでの南北に約170kmにわたる第2次影響海域においては基準値1kg当たり100ベクレルを超える検体が多数みられる。
   次いで高いのがスズキなど中層性魚である。スズキは、アイナメほど高濃度ではないが、基準値100ベクレルを越えるものが、仙台湾から南は鹿嶋(茨城県)まで、南北、約300kmにわたって分布している。さらにマダラなど回遊魚の中には、青森沖から銚子沖までの相当広範囲にわたり30~50ベクレルといった、基準値よりは低いが、相当高い濃度を持つ魚種がある。これらの分布は極めて広範で、魚自身の回遊に伴うものであると考えられる。この結果、福島県沖では、ミズダコなどの試験操業を除いて、「沿岸漁業及び底引き網漁業は操業自粛」をしている。更に宮城県沖から茨城県沖までの全域において、スズキ、マダラの出荷制限、メロウドは操業自粛をしている。このように牡鹿半島から銚子沖までの約250km内では、いくつかの種に関しては、極めて深刻な汚染が継続している。環境への浸透という面では、2011年よりも汚染の実態は深刻さを増しているというべきであろう。
   一方、淡水魚の汚染もがかなり高い状態が続いている。特に福島側が高いが、阿武隈川のヤマメ、イワナ、ウグイ、アユは軒並み基準値を超えている。秋元湖、猪苗代湖のウグイ、赤城大沼のワカサギなどもセシウムの基準値100ベクレル/kgを超えている。これらは、山間部に降下した放射能が、ある時間をかけて雨水により溶解し、河川に入り、それをプランクトンが取り込み、さらに淡水魚が食べるという過程の中で高濃度になっていることが考えられる。
   上記の海洋汚染の分布を整理すると、以下のように4つの影響域に分けられ、複層的であることがわかる。

  • 第1次影響海域:最も高濃度な汚染域で、福島第1原発から南方向の福島県沖、茨城県北部沿岸に拡がる。
  • 第2次影響海域:第1次影響海域の周囲、原発から北へ50km、南は120kmの南北170kmの沿岸海域。基準値を超える多種の生物が生息している。スズキ、マダラの汚染状態を見ていると、この第2次汚染領域は、もう少し広げて牡鹿半島から銚子沖までに改定すべきかもしれないが、多くの魚種で、やはり170km範囲内で基準値を超えるものが多いことも事実である。
  • 第3次影響海域:数種の回遊魚(マダラ、ヒラメ、マサバ、スケトウダラ)では、北海道東部から三陸沿岸の広い範囲で中低濃度の汚染を呈し、これは2012年秋においても変わりない。
  • 第4次影響海域:黒潮続流に乗って東に輸送され、太平洋規模に拡散したものによる影響が懸念される領域。これは、未だ調査データが不足し、未確定ではあるが、濃度レベルは低くなるにしても、太平洋規模での低レベル汚染が時間の経過とともに、表面化することが懸念される。

   第1、第2次影響海域の海底では、堆積物の高濃度汚染がみられ、それが、今後二次的な汚染源となる可能性があることにも注意しておかねばならない。

おわりに
   福島第一原発の事故で放出された「死の灰」が、原発敷地内に存在していた「死の灰」全体のどのくらいか未だに定かではないが、およそ3~5%と言われている。それが全部放出されていたら、あるいは半分でも放出されていたらと考えると空恐ろしい。2012年5月28日、菅元首相が国会事故調査委員会での参考人証言で、「これは、見えない敵との闘いだ。福島第1、第2の立地条件を考慮すると、最悪の場合、チェルノブイリの何倍、何十、何百倍もの放射能が環境中に出ることになるかもしれない。国家の機能がマヒする可能性があった。脱原発しかない」と述べている。この当時の最高責任者の言葉は重い。どれか一つの原子炉で爆発的な事故に至っていれば、福島第1原発から撤退せざるを得なくなり、1~6号機すべてで崩壊熱への対処が不能となっていた。そうなれば、まさに菅氏が懸念していた事態に至っていたのである。その差は紙一重だったに違いない。その証拠に、東電は、3月15日、一旦は管首相に原発からの撤退を申し出て、たしなめられ、しぶしぶ滞在し続けたのである。人類の力を越えている脅威の存在を垣間見、立ち往生していたのである。
   福島事態により、たった一つの工場の事故が、社会のあらゆる領域にわたって、深刻な混乱をもたらすことが実証された。それだけで、原発に依存するあり方が、「持続可能な開発」から、最も遠いことを実証して見せた。
   青森から銚子まで南北500kmの三陸沖漁場は世界三大漁場の一つである。その優れた漁場に沿って、南北に核施設が並んでいる様は、一次産業を軽視する姿勢の表れである。政府や研究者の多くは、未だにそのことを自覚していない節がある。ここには、持続可能な生存にとって何が重要かが見えない現代文明の愚かさと脆弱性が浮き彫りになっている。近代化、産業革命以後の資本主義と科学技術のコンビが生み出した脆弱な社会構造の典型である。福島事態による海の放射能汚染は、現代社会のあり様を、振り出しに戻ってみなおすべきことを警告している。

参考文献;
湯浅一郎(2012);「海の放射能汚染」、緑風出版。
湯浅一郎;「福島原発事態による海洋の放射能汚染」、「平和軍縮時評」2011年8月号。

121030.jpg

TOPに戻る