平和軍縮時評

2012年12月30日

平和軍縮時評12月号 スコットランド独立住民投票とトライデント ―独立と非核にかける強い思い  塚田晋一郎

 

「21世紀に『独立』を議論することを『時代遅れ』という人がいます。しかし、独立というのは時代とは関係がありません。人間が自分の生き方を決める基本的な権利と自由を有するのと同様に、全ての民族は、自身の国の将来を自ら形作らなければなりません。」

これは、スコットランド自治政府を形成している、与党・スコットランド国民党(SNP。「国民党」とも訳される)の有力議員である、ビル・キッド氏の最近の言葉だ。
2012年の秋、英国政府とスコットランド自治政府は、2014年にスコットランドの英国からの独立の是非を問う住民投票を実施することで合意した。スコットランドには、英国が保有する唯一の核兵器である、潜水艦発射弾道ミサイル「トライデント」システムが配備されている。政権を担うスコットランド国民党は、長年、「非核スコットランド」を目指し、その実現のために取り組んできた。今回の英国政府との合意は、その悲願を達成するための大きな一歩となる出来事であった。
しかし一方で、住民投票において、英国からの独立の判断を下すスコットランド住民が多数派となり、そして、それが直ちに後の非核化の開始を意味するか否か、その行く末を予見することはまだ現段階では難しい。

スコットランドと英国
スコットランドは、1707年の「スコットランド合併法」により、グレートブリテン連合王国(イングランド、ウェールズ、スコットランド)の一部として併合されるまでは、独立した王国であった。現在の英国を形成する、イングランド、ウェールズ、北部アイルランドとは異なる起源を持ち、独自の文化、宗教、言語を有するスコットランドの歴史は、隣国の「強国」であるイングランドとの間での度重なる衝突を繰り返してきた、「紛争の歴史」そのものであったと言っても過言はない。
様々な時代背景の中で、英国の一部として服従することによる経済発展を優先する選択が採られた一方で、「スコットランド人による、スコットランド人のための、スコットランド」の精神による、独立論が幾度となく噴出するということが、繰り返されてきた。
今回の独立住民投票実施にまで漕ぎ着けた大きなきっかけは、ブレア政権による政治決断であった。1998年、スコットランド出身であるトニー・ブレア首相の下で、英国議会(ロンドン、ウエストミンスター議会)において、「1998スコットランド法」が制定された。さらに同法に基づき翌1999年に、スコットランド自治政府と議会(1院制)が発足した。このことにより、英国政府および議会から、スコットランド政府および議会に、憲法、外交・安全保障、国家財政、社会保障等を除く、政策立案および立法権限が移譲された。
1999年の総選挙で選出された129名のスコットランド議会議員は、首都エジンバラのホリールードハウス宮殿に隣接して設置された仮議事堂に参集し、「1707年3月25日以来、一時的に中断していたスコットランド議会を、ここに再開する」と宣言した。一部ではあるものの、実に300年余ぶりに、スコットランドが自治を取り戻した瞬間であった。

独立住民投票実施の合意
2012年10月15日、英国のデイビッド・キャメロン首相とスコットランドのアレックス・サモンド首相(第1大臣)らは、エジンバラで会談し、スコットランド独立の是非を問う住民投票実施のための合意文書に署名した。この「エジンバラ合意」(文末の「資料1」に全訳)によって、2014年末までに、住民投票が実施されることになった。
会談では、「エジンバラ合意」と併せて、住民投票の実施要項にあたる「合意覚書」と同住民投票実施のために「1998年スコットランド法」を一部改正する「政令(案)」が確認された。「合意覚書」には、住民投票の原則、時期、投票に付される設問、投票権、投票管理委員会の役割などが記されている。

スコットランド国民党とトライデント
スコットランドでは、2007年の議会選挙において、「核兵器のないスコットランド」や、英国からの自主独立路線を掲げる左派政党である、スコットランド国民党(SNP)が勝利し、緑の党との連立政権(以下「SNP政権」)が形成された。史上初の「非核スコットランド」を掲げた政権の誕生であった。
SNP政権は、2007年10月にグラスゴーで、「トライデント・サミット」を開催し、トライデント撤去を求める方針を鮮明にした。同サミットに先立ち、サモンド首相は、核不拡散条約(NPT)締約国に書簡を送り、トライデント更新計画への反対を表明するとともに、NPTにオブザーバー参加できる地位を要請した。
さらに2011年の議会選挙において、SNPは「英国からの独立」を大きく公約に掲げ、全129議席の過半数を占める69議席を獲得し、政権の基盤をより強固にした。
SNPは、2011年選挙における政権公約(文末の「資料2」に抜粋訳)において、核軍縮や福祉、教育の拡充、自然エネルギーの促進等の政策を強調し、それらの政策を実行するためには、「1998年スコットランド法」の下で、英国に留保されている諸権限をスコットランドに移す「独立」が不可欠であると強調している。福祉や環境など、より住民生活に近い政策が前面に押し出されたことは当然であるが、「独立」も同様に前面に主張された選挙において、SNPが躍進したことの意義は大きい。
しかし、当時のSNPは、独立が実現した場合に、ファスレーン海軍基地を中心とする関連施設からトライデント・システムを撤去するための、具体的なプロセスや時間枠、あるいは英国政府との交渉の成立可能性の見込みなどについては、明らかにしていなかった。
スコットランドにおける最新の世論調査では、独立への「賛成」は28%、「反対」が53%であった。この結果をみると、SNPへの支持が直ちにスコットランド独立への賛成を意味していないことが窺える。一方、「非核スコットランド」への支持は6~7割に上るとの調査結果※※もある。これらの世論調査から見れば、「非核と一体となった独立」が、住民の現実的選択となるか否かについては、現段階では未知数の部分が大きいと言えるだろう。

※ 世論調査会社TNS-BMRBによる結果。対象は18歳以上で、有効回答数995人。2012年10月5日発表。
※※ 「核兵器廃絶運動(CND)」
www.cnduk.org/campaigns/no-to-trident/opinion-polls

「非核スコットランド」の可能性
英国政府は、言うまでもなくスコットランドの独立を望んでいない。キャメロン首相は、「エジンバラ合意」の署名に際し、「スコットランドと英国にとって、今回の住民投票実施に関する合意は人々に選択肢を与える望ましい成果だ」と述べた。この発言は、スコットランド住民は「独立を選択しない」であろうことへの、「自信の裏返し」とも読み取ることができる。
2012年1月、英国政府は議会に、「スコットランドの憲法上の未来」と題した政策文書を提出した。キャメロン首相およびニック・クレッグ副首相の署名によるこの文書には、以下のような英国政府のスコットランド独立への基本的認識が書かれている。

「我々は、英国がともに有り続けることを求める」、「スコットランド国民党は、2011年5月の選挙で独立住民投票をマニフェストに掲げた。英国政府は、そのことがスコットランドやその他の英国の国々にとっての利益にはならないと確信している」(同文書「要約」)。

同文書はまた、住民投票が行われる場合は、「法的にみて隙がなく」、「公正であり」、「(問題に)解決を与える」ものでなければならないとしている。これらの認識は「エジンバラ合意」に反映されている。また「合意」に付属した「政令(案)」には、投票はシンプルな設問で、二者択一式でなければならないという要件があり、これも英国政府の意を受けて書き込まれた。
仮にトライデントをファスレーンに置いたままでスコットランドが独立した場合、英国は世界で唯一、「戦略核を国外配備している国」となる。そのような事態は、英国政府として許容できないであろう。
一方、SNPは、10月18日の党大会において、過去30年にわたり掲げてきた、「反NATO」の立場を変更し、独立後もNATOに留まるという方針を決定した。投票結果は、394票対365票という僅差であった。サモンド首相は、これは非核国としてNATOに留まり、核軍縮を牽引することを意味すると説明している。

ビジョンは「北欧非核兵器地帯」にまで
冒頭で紹介した、ビル・キッド議員は、SNPにおいて非核政策の立案を担う有力議員であり、2012年からは核軍縮に取り組む国際議員ネットワーク「核軍縮・不拡散議員連盟(PNND)」の共同代表を務めている。彼は、トライデントが配備されているファスレーン海軍基地からほど近い、グラスゴーの出身であり、幼少期から核兵器についてよく考え、「非核スコットランド」の実現を夢見てきたという。青年時代から「スコットランドCND」で非核運動に関わり、後にスコットランド国民党(SNP)に入党し、2007年の総選挙によって国会議員となった。
彼にとって、SNPが独立を目指す最も重要な理由は、「非核スコットランド」という目標にある。さらに、「非核スコットランド」の次の段階には、ノルウェーやスウェーデンなどと協力して「北欧非核兵器地帯」の創設を目指すビジョンを持っている。そして、「これがヨーロッパの他の地域に影響を与えれば、さらに非核兵器地帯を拡大させられる可能性があり、英国政府の核政策にも良い刺激となるはずです。最終的には、英国の完全な核廃棄にまで至ることを願っています」とも述べている

※ピースデポ「核兵器・核実験モニター」第415-6号(13年1月15日)にインタビュー掲載。

スコットランド独立住民投票と、「非核スコットランド」を目指す道は、まだ、遠くの頂がはっきりと見通せるとは言えず、決して楽観視はできない。理想を掲げ、進んでゆくその道程には、多くの困難が待ち受けていることは間違いない。しかしながら、ビル・キッド氏のように、情熱と理性を兼ね備えた人々が今後具体的に作り上げていく、「非核スコットランド」と「独立」を同時に目指す試みは、核兵器国の一角に現れた果敢な取り組みである。今後も、希望を持って見守りたい。

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【資料1】英国政府とスコットランド政府の間における、スコットランド独立住民投票に関する合意(全訳)
2012年10月15日

英国政府とスコットランド政府は、スコットランド独立住民投票の実施を確実なものとするために、協力することで合意した。

両政府は、住民投票は以下の要件を満たすべきであると合意した:

  • 法的基盤が明確であること
  • スコットランド議会により実施のための法律が制定されること
  • 議会、政府、住民の信任の下で実施されること
  • 公正な評決が行われ、スコットランド人民の意志が明確に表現され、そしてその結果がすべての人々から尊重され得るものであること

両政府は、2014年末以前に、スコットランドの独立という単一の設問に対する住民投票を実施するという、1998年スコットランド法第30条に基づく政令を促進することに合意した。同政令は、スコットランド議会が住民投票実施のための法律を制定可能であることを明確に規定するであろう。

同政令は、スコットランド政府が、独立住民投票のための、スコットランド議会における法律の制定を促進するためのものになるであろう。両政府は、住民投票は、最高度の公正な基準、透明性と妥当性を有し、協議と独立した専門家による助言を受けて実施されるべきであるということに合意した。住民投票法には、以下の事項が規定される:

  • 住民投票の実施日
  • 選挙権
  • 設問の文言
  • 投票運動における資金調達の規定
  • 住民投票実施のためのその他の規定

両政府による合意の詳細は、以下に示す覚書および政令案の部に記す。

デイビッド・キャメロン英国下院議員/首相
アレックス・サモンド・スコットランド議会議員/スコットランド第1大臣
マイケル・ムーア英国下院議員/スコットランド担当大臣
ニコラ・スタージョン・スコットランド議会議員/スコットランド副第1大臣
エジンバラ、2012年10月15日

(訳:ピースデポ)
www.number10.gov.uk/wp-content/uploads/2012/10/Agreement-final-for-signing.pdf

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【資料2】スコットランド国民党2011年総選挙マニフェスト(抜粋訳)
2011年4月

私たちの目的――私たちは、スコットランドが世界の中で、平和と正義の代弁者となれることを知っています
戦争や核兵器の代わりに、私たちはスコットランドが、平和、公正な貿易、持続可能性、そして社会正義に基づいて、世界に貢献すべきであると確信しています。

世界の中のスコットランド――国際的な正義と平和
私たちは、スコットランドが世界中から、平和と正義の代弁者として認識されることを望みます。私たちは、潘基文国連事務総長と、そして彼の、核兵器禁止条約を通じた、地球上の核兵器や、化学兵器、生物兵器を根絶するための努力を支持し続けます。トライデント核ミサイルシステムとその更新計画に対する私たちの反対は強固であり続けます。スコットランドには、それらの兵器のための場所は、どこにもありません。そして私たちは、英国政府に対し、トライデントの廃棄と更新計画の中止を働きかけ続けていきます。

(訳:ピースデポ)
http://votesnp.com/campaigns/SNP_Manifesto_2011_lowRes.pdf

 

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