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平和軍縮時評10月号 武器貿易と世界 ―輸出規制強化こそ日本の役割  塚田晋一郎

2013年10月30日

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はじめに

   21世紀に入ってから、10数年が経過しようとしている。1990年代初頭の米ソ東西冷戦の崩壊によって、超大国同士の全面核戦争から人類共滅に至るという最悪の事態は避けられたかに見えた。
   しかし、今なお世界には米ロをはじめとする核兵器保有国は、既得権である核兵器を手放そうとせず、17,000発もの核兵器が存在している。さらに、そのうちの約2,000発は、早ければ数分程度で発射可能な「警報即発射態勢」に置かれ続けている。これは、核兵器という最大・最悪の「恐怖の兵器」によって他国を脅し、自国の安全を担保しようという、冷戦思考の継続そのものに他ならない。
   私たちの住む北東アジアでは、未だ以て冷戦当時と全く変わらぬ形で物理的な国境線が引かれ、領土問題や歴史認識などの時には些細な火種によって、各国間の不信の連鎖のエスカレーションが再生産される国際関係が残っている。
   核兵器をその総体の頂に置く「軍事力による安全保障」から、軍事の役割を低減し、各々の国家・社会が有する政治、経済、文化の力を幅広く取り入れた、「軍事力によらない安全保障」へのシフト(移行)が必要だ。これは、圧倒的な軍事力とカネや利権によって行われる現行の政治体制や安全保障体制に対して、しばしば「非力な理想論」であるとの批判に直面する。しかし、「軍事力による安全保障」の継続は、国家間の不要な緊張関係を増幅させ、人々の暮らしと安全・安心を脅かし、そして何よりも、私たちの限りある資源を不必要に消耗し続けることに他ならない。
   私たちが生きるこの世界の歴史と現在、そしてこれからの人類の進むべき方向性を見通せば、「軍事力によらない安全保障」をめざした「非軍事へのシフト」は、不可避かつ現実的な選択となる。私たち人類が、子や孫の世代まで、その系譜を繋いでいこうとするのならば、人命を奪い、莫大なカネがかかり、そうしたこれまでのシステムを再生産し続けてきた既得権を存続させるものでしかない「軍事力」に群がる人々の有り様やその思想から、いち早く脱却する以外に方法はない。

   本稿では、こうした軍事力をめぐる現状の現実的課題として、世界の武器貿易の現状と日本について考えたい。とりわけ、今の時局、安倍晋三政権は、これまでの戦後日本の在り方を大きく変えていこうとしている。安倍首相は、あと3年ほどの任期の間に、改憲を達成することを最大の政治目標としているとされる。その目玉は言うまでもなく、「戦力不保持」と「交戦権の否認」をうたい、戦後日本が曲がりなりにも「平和国家」として歩んできた礎であり、今もってその「普通でない国」の屋台骨であるといえる、第9条を、葬り去ることである。また、9条のみならず、アジア太平洋を侵略した「かつての日本」の深い反省の上に平和国家としての再出発を誓った「前文」や、国民の権利を規定した条項を、まったく別のものに書き変えようとしている。いわゆる「普通の国」になろうとしている、というものである。2012年4月27日に発表された自民党「日本国憲法改正草案」に、そうした狙いが臆面もなく表現されている。
   国家安全保障会議(NSC)や、初めて策定される「国家安全保障戦略」、新しい防衛大綱、秘密保護法、武器輸出三原則の見直し、集団的自衛権の憲法解釈見直し作業など、大きな動きが出てきている。とりわけ、ここでは、武器輸出三原則の緩和に関わって、現在の世界の武器貿易の在り方を見ていきたい。その最新の動きとして、4月に成立した「武器貿易条約」がある。

武器貿易条約が成立

   2013年4月2日、国連総会において「武器貿易条約」(ATT、Arms Trade Treaty)が採択された。ATTは、通常兵器の国際貿易の規制のための基準を確立し、不法な国際貿易等を防止・根絶するための条約である。戦車、航空機、小型武器・兵器等8類型の物品(第2条)の移転が、国連安全保障理事会による武器禁輸措置を含む国際取極めに違反する可能性がある場合には、これを許可してはならない(第6条)とされる。
   総会の投票結果は、賛成156、反対3(イラン、北朝鮮、シリア)、棄権22か国(ロシア、中国、インド等)であった。6月3日には署名開放され、10月に署名国は100か国を超え、4か国が批准済みである。条約は50か国目が批准してから90日後に発効する(第22条)。

   ATTのための努力は1990年代後半、ノーベル平和賞受賞者やNGOらが、通常兵器の移転を規制するための条約を求めたことから始まった。03年には、NGOのキャンペーン「コントロール・アームズ」が発足した。同キャンペーンは、国際人権法や国際人道法の重大な侵害やジェノサイド(大量虐殺)等につながる可能性がある場合は通常兵器を移転しない、地域の安定や持続可能な開発に悪影響を与える可能性等がある場合は通常兵器を移転しない、といった様々な移転許可基準をATTに盛り込むことを求めた。
   国連におけるATTプロセスは06年に開始され、12年7月にコンセンサス(全会一致)ルールによるATT国連会議が開催された。しかし最大の武器輸出国である米国と、中東諸国をはじめとする輸入国の間での認識の隔たりが大きく、交渉は決裂に終わった。
   その後、 13年3月18日から28日にかけて、国連決議に基づいて、最終国連会議が開催された。同会議に提出された草案は、米国の意向が大きく反映されたものであり、輸出国側の裁量が大きいものとなっていたため、参加国間の溝は埋まらず、同会議でもコンセンサスは達成できなかった。
   このような状況の中、早期成立・発効が優先されるべきだと判断した原提案国(英国、アルゼンチン、豪、ケニア、コスタリカ、日本、フィンランド)によって、国連総会に提案された3月28日の最終案と同じ文案が多数決で採択されたのである。反対票を投じたイラン、北朝鮮、シリアのみならず、コンセンサスに失敗した草案を多数決に持ち込むという手法に不満を持った国は少なくない。例えば、最終的に棄権に回った中国は、「このような手法は、多国間交渉の原則に否定的な影響を与えかねない」とし、コンセンサスを追求することの重要性を訴えた3。また真の意味で武器貿易を取り締まる実効性に乏しい条約を成立させることは、むしろ武器輸出先進国の防衛産業の活動に「お墨付き」を与えることになる、という懸念が根強いことも事実である。

武器貿易はこれからも規制されない

   交渉過程で輸入国やNGOの批判を招いたのが、米国の主張で第7条3項に書き込まれた「圧倒的なリスク(overriding risk)」という言葉である。第7条は、第6条により禁止されない輸出行為についても、輸出がもたらしうる潜在的リスクを評価し、リスク軽減措置を検討することを輸出国に義務づけるとともに、軽減できないような「圧倒的なリスク」が存在する場合には、輸入を許可してはならないと定めている。どのような武器移転が「圧倒的なリスク」となるかの規準は明記されておらず、輸出国の裁量と恣意が入り込むことを許し、禁止の「抜け穴」になりうることは、3月の最終会議でも問題とされた。
   この他にも大きな問題が残されているが、ATT推進国の多くはひとまず成立を目指し、その上で実効性をもたせてゆく努力をするべきとの大局的な判断から総会採決に臨んだのであった。ATTを推進してきたNGOの多くも、現状の条約が不完全であることを認識したうえで、今後、実効性をいかに持たせていくかに力点を移している。
   ATTは、これまで世界的な規制の枠組みが存在しなかった武器国際貿易に対し、初めて国際的なルールを設けたということに、一定の意義がある。しかし、条約には不十分なところ、定義のあいまいさや、第7条に見られるような「抜け道」が多分に残っている。また、最大の輸出国・米国の署名及び議会での批准承認は困難が予想される上、第2の輸出国であり棄権票を投じたロシアによる署名の見通しは立っていない。さらに、交渉会議で改めて浮き彫りになったように、武器輸出国側と輸入国側の間における利害の隔たりは大きい。仮に条約が発効した場合も、その運用方法や再検討のあり方は、長期的な課題となるであろう。

日本は経験を活かし、世界を導け

   結論として、現段階では、ATTが加速する武器の国際共同開発や武器貿易を「取り締まる」ことはできず、むしろ武器貿易に「お墨付き」を与えるものとして作用していくことであろう。現行の条文のまま改正されない状態が続けば、基本的には米ロをはじめとする武器貿易産業が盛んな大国が、紛争地帯の中小国に対して武器を輸出し、地域紛争などで武器が使用され、民間人を含む多数の死者を生むという、負の連鎖はそのまま続いていく。
   一方で、日本はこれまで、武器輸出三原則を用いながら、実質的には「武器禁輸政策」を取ってきた。2003~06年のアフガニスタンでのDDR(武装解除・動員解除・社会復帰)は、日本がリード国となり、伊勢崎賢治政府特別代表の指揮のもと、国連アフガニスタン支援ミッションの支援を受けて実施された。この3年間の事業の結果として、アフガン旧国軍約6万名の武装解除が完了したとされる。こうしたミッションを日本が担えた(伊勢崎氏の言葉を借りれば「日本以外に担えなかった」)のは、ほかでもなく、曲がりなりにも日本は「平和国家」であるというイメージが、中東地域に根付いていたからに他ならない。
   しかし、2005年の小泉純一郎政権によるミサイル防衛の米国との共同開発・生産解禁以降、日本は「武器禁輸国家」からの脱線の角度を、年を追うごとに大きくしている。2013年9月28日、小野寺五典防衛大臣は、最先端の兵器は国際開発が主流であり、日本はその流れから取り残されているとして、武器輸出三原則を抜本的に見直す考えを示した。さらに、12月頃から、見直し議論が加速する見通しである。
   現在の政権は、時代に全く逆走していると言わざるを得ない。日本は、戦後の長きにわたり培ってきた「平和国家」や「武器禁輸国家」をこそ財産とし、不十分な武器貿易条約を強化していくイニシアティブをとれる位置にいるはずであり、国際規範を作る側に立たねばならない。

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