平和軍縮時評

2014年09月30日

平和軍縮時評9月号 スコットランド住民投票、独立を否決―「非核スコットランド」への模索は続く  塚田晋一郎

2014年9月18日、スコットランドの英国からの独立を問う住民投票が実施された。結果は独立反対派が過半数を超え、独立は否決された。英国唯一の核兵器システムであるトライデントもその争点の一つとなった。今回の住民投票では否決されたものの、スコットランド国民党(SNP)や、スコットランド核兵器撤廃運動(CND)が展開した、「非核スコットランド」を掲げての独立を希求した取り組みの意義は大きい。

住民投票、英国残留を選択

まず、9月18日に実施された、スコットランドの英国からの独立の賛否を問う住民投票の背景と概要を押さえておく。
独立住民投票は、2012年10月15日、英国のデイビッド・キャメロン首相と、スコットランド自治政府のアレックス・サモンド首相(第1大臣)が、「エジンバラ合意」を交わしたことで、2014年の実施が決まった。選挙権は16歳以上のスコットランド住民であり、投票の際の有権者は約428万3千人であった。スコットランドの人口は約530万人なので、人口の約8割が投票権を持つこととなった。投票用紙には、「スコットランドは独立国になるべきですか?(Should Scotland be an independent country?)」との短い質問が記され、有権者は、「はい(Yes)」と「いいえ(No)」と印字された文字の右にある欄に×印をつける方式であった。

投票結果は、「はい」が1,617,989票(44.7%)、「いいえ」が2,001,926票(55.3%)となり、独立反対が上回った。改めてスコットランドの人口が約530万人であることを想起すると、約40万票差という結果は非常に僅差であったといえるだろう。投票総数は3,623,344票であり、これは実に有権者の84.59%にのぼった。地域ごとの結果を下記の地図及び表に示す。スコットランド全土のほとんどは独立反対が賛成を上回る結果となったが、グラスゴーなどの都市部では賛成が上回っている。あらゆる国の国政選挙等でも似たような結果が出ることがあるが、都市部は変化を求める傾向が今回の住民投票にも現れていると言えるだろう。

一方で、核兵器が配備されているクライド海軍基地を有するアーガイル・アンド・ビュートでは、41.5%対58.5%で反対多数となった。詳細は不明だが、基地関係者が多く住む地区だけに、クライド海軍基地の存続を求める意識が投票行動に反映されたのかもしれない。
「非核スコットランド」への賛否が一つの争点として問われる中で実施された住民投票であっただけに、その結果は残念ではある。しかし、スコットランドの非常に多くの人々が、自らの将来の行く末は自らの手で決定すべきであるという明確な意志を持ち、民主主義における権利を行使した結果である。そして人々の投票行動には、当然ながら、経済、雇用、福祉、教育、環境等々の非常に広範なテーマが複雑に反映されたにもかかわらず、結果は、僅差であったという事実に留意しておきたい。

核兵器問題と独立住民投票

英国政府が唯一保有する核兵器であるトライデントミサイルおよび潜水艦は、スコットランド領内のクライド海軍基地(クールポートおよびファスレーン)を拠点としている(上記地図)。
スコットランドのサモンド首相率いるスコットランド国民党(SNP。「民族党」とも訳される)は、07年及の議会選挙において、「核兵器のないスコットランド」や、英国からの自主独立路線を掲げて第1党に躍進した。当時は緑の党との連立政権であった。その後、11年の議会選挙で、SNPは「英国からの独立」を公約に掲げ、全129議席の過半数を占める69議席を獲得し、単独で政権を運営する足場を固めた。

以後、SNPは、11年選挙における政権公約において、核軍縮や福祉、教育の拡充、自然エネルギーの促進等の政策を強調し、それらの政策を実行するためには、英国に留保されている諸権限をスコットランドに完全に移管させることを目的とした「独立」が不可欠であると強調した。当時のSNPは、「非核スコットランド」を実現しようとする上で、その具体案を十分に示せていたとは必ずしも言えなかった。しかし、その後、12年9月にスコットランド核兵器撤廃運動(SCND)が発表した報告書「トライデントを撤廃する:トライデント核兵器システムの退役と解体のための実戦的ガイド」が、SNP、つまり「非核スコットランド」を志向し、独立を目指すサモンド政権に変化をもたらした。

同報告書は、現在4隻のバンガード級原子力潜水艦に搭載され、運用されているトライデントを段階的に運用停止し、解体し、撤廃する方法を、具体的な8つの段階の工程表として示した。その工程表においては、スコットランドのクライド海軍基地にあるトライデントを、2年間でイングランド南部にあるバーグフィールド核兵器施設(AWE)へ移送する計画である。つまり、スコットランドが非核化を決定し、実行に移してから2年間で、スコットランドは非核化可能であるとの道を示した。そして、AWEにおける弾頭解体作業は4年間で解体できるとした。

同報告書を作成したSCNDは、SNP、つまりサモンド政権の強力な支持母体である。サモンド政権は、13年11月26日、独立スコットランドの可能な限りの具体的な青写真を示した670ページに及ぶ白書「スコットランドの未来:独立スコットランドのガイド」を発表した。同白書の中で、上記SCND報告書に触れ、独立スコットランドの核兵器撤廃政策として採用することを示唆していたのである。今回の独立住民投票で独立が実現しなかったため、この計画が実行されうる状況は現在のところは見えない。しかし、この政策を前提として独立を支持した人々が44.5%にものぼったという事実は、今後の英国政府の核政策に何らかの変更を迫る上で決して小さくない影響力を持つものとなるであろう。

世論の動向と英国の訴え

改めて、独立住民投票に関する世論動向と、それに対するキャメロン英首相ら、英国からの動きを押さえておきたい。なぜならば、その中には、今後のスコットランドと英国の核兵器をめぐる駆け引きの前提となりうる、英国の最大限の譲歩を引き出した動向が含まれているからである。

英紙「サンデー・タイムズ」による世論調査では、14年8月初旬には独立反対が61%となり、賛成の39%を22ポイント引き離していた。しかし、8月下旬には賛成が53%、反対が47%と猛追して6ポイント差まで縮まり、さらに9月6日に発表の調査では、賛成が51%、反対が49%となり、初めて賛成が反対を上回った。このことは、キャメロン英首相をはじめ、スコットランドが英国に留まることを望む人々に非常に大きな衝撃を与えた。

キャメロン首相は、9月15日、スコットランドのアバディーンにおいて、住民投票前の最後の演説を行い、スコットランドが英国の中に留まるよう、涙ながらに訴えた。

「わたしのことが嫌いでも、わたしは永遠に首相ではない。現政権が嫌いでも、永遠に続かない。しかし、あなた方が英国から去ったら、それは永遠に続くことになるのです」、「独立は痛みをともなう離別となる。イギリスを救うために、反対票を投じてほしい」。

アバディーンは、北海油田の採掘拠点である。サモンド首相は、スコットランドが独立した暁には、北海油田による経済的恩恵の大部分が、スコットランドのものになるとの方針を打ち出していた。スコットランドの経済活動の象徴的存在である北海油田は、独立住民投票においても重要な争点となっていた。

キャメロン首相がアバディーンで演説を行った同日、英国の3大政党の党首(保守党党首のキャメロン首相、自由民主党党首のクレッグ副首相、野党労働党のミリバンド党首)は、スコットランドが独立せずに英国にとどまれば、スコットランドへのさらなる権限の移譲を行うことで合意したと発表した。その概要は以下のようなものである。

  • スコットランド議会に新たな権限を移譲する。
  • スコットランド議会は拡大された権限とともに強化される。そのタイムテーブルは9月19日から始まり、2015年内に法制化される。
  • スコットランド議会は英国憲法の恒久的かつ不可逆的な一部となる。
  • スコットランドに対する公正性を保証する。
  • スコットランドの公共サービスや国民保険サービスの支出に関する最終決定権を、スコットランド議会に移譲する。

この中で述べられた、スコットランドへ移譲するとの「新たな権限」が具体的に何を示すのかは明らかにされていない。当然のことながら、英国政府及び議会は一枚岩ではなく、政党ごとに政策の違いが存在する。しかし、世論調査によってスコットランド独立が実現しかねない状況を目の当たりにした英国3大政党は、各党が最大限に歩み寄り、とにかくスコットランドを英国に留まらせることを最優先したのである。

住民投票の結果を受け、英国のすべての政党が、どの権限をスコットランドに移譲させるべきかについての議論を始めるとのことである。ブラウン前英国首相がスコットランドの英国残留を訴えるキャンペーンを展開する中で作成し、各党党首が承認した工程表によると、議会は移譲できる権限を網羅した文書を10月に公表することのことである。同文書への英国国民の意見を聴取した後、11月には暫定的な法案が公開され、最終法案は15年1月に議会に提出され、審議と承認を経て成立する予定となっている。ここで示される権限の移譲は、恐らく医療・福祉政策等のものになり、外交・安保政策に関するものは含まれないであろう。しかし、その後の安全保障、とりわけ核兵器撤去を求めるスコットランドと、維持を望む英国との間における駆け引きは、独立住民投票以前のものとは違った次元のものになり得るのではないか。

また、英国政府以外の動きとしては、エリザベス女王もスコットランドが英国に留まることを望むとの見解を示した。元ビートルズのポール・マッカートニー氏などの著名人約120人は、スコットランドの英国残留を求める公開書簡にサインし、スコットランド内に工場や支社を持つ多くの企業なども「一つの英国」を呼び掛けた。中でもスコットランドならではと言えるのが、スコッチウイスキー協会(SWA)の存在である。スコットランド産のウイスキーは世界約200か国に輸出されており、スコットランドにおける輸出産業としては、石油・ガスに次いで大きな規模を占めている。そしてウイスキーはスコットランドの食品輸出のうちの約85%にものぼる。4月11日、SWAは、スコッチウイスキーの輸出には、英国が持つ貿易ネットワークが不可欠だとして、独立反対を表明した。スコットランド独立が否決された背景には、このような広範にわたる背景があった。

投票結果を受け、スコットランドのサモンド首相は、9月19日、住民投票での敗北を認めた。サモンド首相は、支持者を前に「スコットランドの人々は現時点で独立をしない決定をした。それを受け入れる」と述べた。その上で、英国への残留が決定した場合にスコットランドの権限を拡大するという約束について「迅速に履行されることを期待している」と語った。

核兵器撤廃への奮闘は続く

住民投票の結果を受け、アーサー・ウェストSCND議長は、9月19日に「スコットランドから核兵器を撤去する奮闘は続く」という題名の声明を発出した。ウェスト議長は、その中で以下のように述べている。

「私は、住民投票キャンペーンを通じ、スコットランドCNDを非常に誇りに思ってきた。我々は、核兵器の問題が論争や議論を通じて何度も強調されたことを確認してきた。したがって、今日の我々のメッセージは、スコットランド及び世界から核兵器による災難を除去するための、我々の闘いは続くということである。」

今回の「独立スコットランド」を希求し、国家像という広範なテーマが問われた住民投票においては、その志は達成できずに終わった。しかし、ウェストSCND議長が述べているように、2012年の独立住民投票実施の決定以降、約2年間にわたって展開された運動によって、「非核スコットランド」の像は、具体化され、周知されるに至っている。また、先に述べたとおり、投票直前に英国側が提示した、スコットランドへの権限の移譲も実質的な果実と言える。スコットランド及び英国、更にはCNDも目指す「核兵器のない世界」へ向けた今後の運動における今後の行方を注視していきたい。

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