平和軍縮時評

2018年10月31日

核兵器禁止条約成立から1年を振り返る 湯浅一郎

2017年7月7日、ニューヨーク国連本部で開催されていた「核兵器を禁止し完全廃棄に導く法的拘束力のある文書を交渉する国連会議」(以下「交渉会議」)において、122か国が賛成して核兵器禁止条約(以下、TPNW)が採択された。同年9月20日には署名が開放され、すぐに50か国が署名し、3か国が批准した。その後、署名国や批准国を増やす努力が続けられてきたが、同条約が発効するためには少なくとも50か国の批准が必要なことを考えると、発効へ向けた動きは必ずしも順調とは言い難い。「核なき世界」へ向けた展望を見いだすべく、現状を分析し、成立から1年の経過を振り返る。

現在までに署名69か国、批准19か国
署名開放からほぼ1年が経過する18年10月29日現在の署名、批准状況を見てみよう。禁止条約を主導した有志国6か国(アイルランド、オーストリア、ブラジル、メキシコ、ナイジェリア、南アフリカ)など69か国が署名している。その上で、オーストリア、クック諸島、コスタリカ、キューバ、ガンビア、ガイアナ、バチカン、メキシコ、ニュージーランド、ニカラグア、パラオ、サモア、サンマリノ、パレスチナ、タイ、ウルグアイ、バヌアツ、べネズエラ、ベトナムの19か国が批准している。
しかし、周知のように「厳しい安全保障環境」を考慮すると時期尚早として交渉会議にも参加しなかった核兵器保有国や核兵器依存国は、同条約へ署名、批准する意志を全く示していない。さらに、TPNW採択には賛成したスイス、スエーデン等が署名していない。特にスイスは、連邦評議会(内閣にあたる)が8月15日、省庁間ワーキンググループが6月に公表した報告書を踏まえて、現在の国際情勢においてTPNWを批准することはスイスの軍縮外交と安全保障政策を推進する上でリスクを伴うとの声明●1を出し、現時点においてTPNWには署名しないことを表明している。
以下、条約の成立から1年の経過を振り返る。

国連交渉の第1会期(2017年3月27日~31日)
16年12月23日、国連総会で17年にTPNWの交渉を開始するという歴史的決議「多国間核軍縮交渉を前進させる」(A/RES/71/258)が採択された。この決議に基づいて、17年3月27日から31日までの第1会期、及び6月15日から7月7日までの第2会期にわたり、交渉会議(議長:エレイン・ホワイト・コスタリカ大使)がニューヨーク国連本部で開かれた。
第1会期の初日、3月27日、会議には115か国を超える政府代表が集まり、市民社会と学術機関からは計220人超の会議登録者があった。冒頭、キム・ウォンス国連事務次長(軍縮担当上級代表)らの挨拶、ペーター・マウラー赤十字国際委員会(ICRC)総裁のビデオメッセージ紹介に続き、藤森俊希・日本被団協事務局次長が登壇。1歳4か月当時、広島の爆心から2.3km地点で母親と共に被爆したことを語り、「同じ地獄をどの国の誰にも絶対に再現してはなりません」「条約を成立させ、発効させるためともに力を尽くしましょう」と結んだ●2。藤森さんの力強いメッセージは、翌日のサーロー節子さん(カナダ在住、広島で被爆)やスー・コールマン・ヘイゼルダインさん(豪先住民、英核実験で被曝)の発言と共に、会期を通じ、多くの参加者によって立ち返るべき原点として言及された。「ヒバクシャ」という日本語由来の文言が条約前文に2回入ったことも、これらの反映であろう。
その後、議長国コスタリカ、主導国のオーストリアやメキシコ、各地域グループなどの各国演説が続いた。最後まで参加態度を明確にしていなかった日本政府は、高見沢将林・軍縮大使が、核兵器国・非核兵器国の協力の下での実践的具体的な核軍縮措置こそが有用との従来の主張を繰り返した。そして、禁止条約は核兵器削減につながらず、国際社会の分断を強め、北朝鮮の脅威など現実の安全保障上の問題の解決につながらないと批判し、核兵器国の交渉参加も望めない中では「日本はこの会議に建設的かつ誠実に参加することはできない」とした●3。この後、日本政府代表団は会場に姿を見せることはなかった。
一方、交渉会議開幕と同じ時間帯に国連本部の別の場所では、ニッキー・ヘイリー米軍縮大使らが同会議への反対を表明する会見を開いた●4。ヘイリー大使は、核兵器のない世界が望ましいが、「悪者」に核兵器を持たせたまま「善良な」自分たちだけが持たないのでは自国民を守れないとし、禁止条約を作ろうとしている国々は「自国民を守ろうとしているのだろうか」と問うた。英仏の国連大使も核兵器禁止反対を表明した。
3月28日から29日にかけては「一般的意見交換」の議題のもと、条約の「原則と目的、前文の要素」(主題1)、「中核的禁止事項:効果的法的措置、法的条項及び規範」(主題2)、
「制度的取り決め」(主題3)の各項目に沿って政府代表と市民社会が発言した。「一般的意見交換」と銘打ってはいたが、各国とも基本的には「禁止先行型」条約を前提として議論をしていた。
ホワイト議長は3月31日、第1会期を閉じるにあたって、5月後半から6月1日までの間に条約素案を提示し、交渉会議が閉幕する7月7日に条約成案を採択したいと明言した。その背景には、交渉会議参加国に対し核兵器国の一部から、経済援助などに絡めた形での「切り崩し工作」がなされているとの噂もあるが、交渉を長引かせないことで参加国の「戦線離脱」を防ぐ狙いもあるのかもしれない。そのような中、できるだけ早期に交渉を妥結して多くの署名国獲得につなげたいとの意向があると推測される。
核兵器の非人道性を出発点に法的禁止を求めるここ数年来の動きにはICANなどのNGOが大きな役割を果たしており、関連の国連決議でも繰り返し「市民社会の参加と貢献」に言及されている。交渉会議でも政府代表が口々に「この間の市民社会の大きな貢献に感謝する」旨、発言している。日本の市民社会も存在感を放っていた。日本政府が禁止条約に消極的な中、被爆者をはじめとする日本の市民社会が、核兵器禁止条約の実現に向けて重要な主体(アクター)としての役割を果たしてきたTPNWが圧倒的多数で採択される
17年6月15日に再開された第2会期の交渉会議は、21日まで公開審議の場で議長の条約素案を冒頭から順に検討した。市民社会も積極的に参加し、日本からもピースデポを含む計8団体の代表者が発言した。21日午後の部以降、政府間の非公式の会合が大部分となり、数次の条約改訂案の発表を公式会合で行う形で進行した。
17年7月7日、TPNWは、投票総数124か国中、賛成122票で採択され、オランダは反対し、シンガポールは棄権した。投票しなかった国には、交渉不参加の核保有国、それらと軍事同盟を結んでいる国々(NATO、CSTO●5、ANZUS●6、日米安保、米韓相互防衛・各条約)などが含まれる。ただし、CSTO加盟国であってもカザフスタンは賛成した。また米国との安全保障上の関係が深いフィリピン、マーシャル諸島、パラオは賛成票を投じた。
条約●7は、20条からなり、主な内容は以下である。

  • 締約国は、核兵器の開発、実験、生産、製造、取得、保有、貯蔵、使用または使用の威嚇をしない。さらに、これらを支援、奨励、誘導しない。(第1条)
  • 核兵器保有国が核兵器の検証を伴う不可逆的な除去を推進することで、条約に加盟できる方法につき定めている(第4条)。
  • 締約国会議は、初回を発効後1年以内、以後は原則隔年で開催する。臨時会議も開ける。発効から5年後、以後原則6年毎に再検討会議を開く(第8条)。
  • 発効要件国数を50とする(第15条)。
  • 条約は17年9月20日から署名開放される(第13条)。

米、英、仏の常駐代表は7月7日、条約を批判する共同声明を発した。声明は、「このイニシャチブは、国際安全保障環境の現実をあからさまに無視している。禁止条約への加入は、70年以上にわたり欧州と北アジアの平和維持に不可欠であった核抑止政策と、両立しない。核抑止を必要ならしめている安全保障上の懸念に対応せずに核兵器の禁止なるものを行っても、ただの一つも核兵器を廃棄することにつながらない」とした。さらに、「核兵器に関する我々の国の法的義務に変更は生じない。例えば、我々は、この条約が慣習国際法を反映している、あるいはその発展にいかなる形であれ寄与する、という主張を受け入れることはない」と述べ、拒否反応を示した。
日本は、核抑止への依存政策を改める意志を示さず、米国と歩調を合わせて条約交渉に参加しなかった。不参加理由も、上記3か国共同声明と軌を一にするものであった。TPNWに照らせば、核抑止力とは条約で禁止された「核使用の威嚇」(第1条d項)によって裏づけられるものであり、それへの依存は「禁止条約」に反することは明白である。日本は、米国が拡大核抑止力を行使するに当たって必要な支援(通信、兵站など) や支援の演習を日常から行っている可能性も高い。従って日本は、現在の核抑止力依存政策を維持したままでは、禁止条約に参加することは困難であり、「唯一の戦争被爆国」としての歴史的責務を果たすことはできない。

第72回国連総会の核軍縮決議とTPNW
第72回国連総会は、人道イニシアチブによるTPNWが成立し、発効に向けた努力が続く中で開催された。そこで提出される核兵器関連の決議案には、TPNW成立後、各国が核なき世界へ向けいかなる方針であるのかを占う性格を有している。そうした観点から重要な決議を見てみる。
まず日本決議●8で最大の問題は、TPNWを表だって否定する文言を使ってはいないが、TPNWへの言及が全くないことである。さらに、昨年までの決議文で使われた「保有核兵器の全面的廃絶を達成するとした核兵器国による明確な約束」というNPT再検討会議が勝ち取った重要な文言が、「核兵器国はNPTを完全に履行するという明確な約束」という骨抜きになった文言にすり替えられた。ここには、TPNWではなくNPTを基礎にして核軍縮努力をするとの日本政府の主張すら後退させる姿勢が見て取れる。
日本決議と対照的なのが、その他の重要なNAC決議、多国間核軍縮交渉決議、マレーシア決議で、これらは、成立したTPNWを基本的に歓迎している。と同時に核兵器保有国や依存国を巻き込んで、核兵器のない世界を実現する道を描くことをめざしている。NAC決議は、「保有核兵器の完全廃棄を達成するとした核兵器国の明確な約束」をはじめNPT再検討プロセ スの合意を堅持しつつ、核軍縮義務の履行の可視化を奨励し、多国間核軍縮交渉決議はTPNWの発効促進を訴えつつ、やはりNPTを基礎に置いた核軍縮 を模索し、マレーシア決議はTPNWはNWC実現の 第一歩としつつ、NWCの交渉の場を模索している。いずれの決議においてもNPTのこれまでの到達点を重視していることが共通している。

現時点では、TPNWはすぐに発効するめどがたっているわけではない。国連加盟国内部には「禁止条約」を推進する有志国と、それに反対する核兵器保有国及び核兵器依存国の間に深い分岐が存在している。核兵器保有国及び核兵器依存国も加盟し、発効を促進するためには、両者の安全保障政策の転換を求めなければならない。この転換をいかに実現するのかという問いに対して何らかの方策を生み出していく必要がある。そのためには、従来からのNPT、CTBT、非核兵器地帯条約といった枠組みの成果を生かしていくことも必要になる。
それでも核兵器の存在そのものが悪であるとみなす国際的規範が確立された意義は大きい。禁止されるべき兵器に自らの安全を託すという核抑止政策自身が根拠を失うからである。核兵器を禁止する国際的な法的規範として禁止条約が発効すれば、核兵器保有国及び核兵器依存国が、倫理的な正当性を持てない状況はより強まるはずである。「厳しい安全保障環境」を理由に安全保障を核兵器に依存するという思想が問われねばならない。有志国家と市民社会・NGOは、創意と柔軟性をもって条約の発効を支援し、とりわけ日本政府が条約に署名するよう世論を高めていかねばならない。10月8日から始まった第73回国連総会第1委員会における新たな核軍縮決議とその投票行動がどのようなものとなるのかフォローし、市民からの声を出していかねばならない。

注:

  1. https://www.admin.ch/gov/en/start/documentation/media-releases.msg-id-71821.html
  2. www.ne.jp/asahi/hidankyo/nihon/seek/img/170327_uttae_Fujimori.pdf
  3. www.reachingcriticalwill.org/images/documents/Disarmament-fora/nuclear-weapon-ban/statements/27March_Japan.pdf
  4. 会見の動画:http://webtv.un.org/media/mediastakeouts/watch/
  5. 集団安全保障条約機構(アルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギスタン、ロシア、タジキスタン、ウズベキスタン)。92年署名、加盟国は17年現在。
  6. 米国、オーストラリア、ニュージーランドにより1951年に署名、翌年発効。
  7. ピースデポ刊「核兵器・核実験モニター」第525号(17年8月1日)に暫定全訳。
  8. ピースデポ刊「核兵器核・実験モニター」第531-2号(17年11月15日)に抜粋訳。

 

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