平和軍縮時評

2020年08月31日

生物多様性の低減をもたらす原発

湯浅一郎

福島事故を経験した後も、この国は原発という核エネルギーの商業利用から解放されることができないまま10年近くになる。人類の営みにとって、最も本質的で、かつ克服が困難な課題の一つが生物多様性の回復と保持であるが、生物多様性という観点から見て原発が持つ本質的な問題点を検討したい。

1.放射能を生み出し、膨大な熱を放出する原発

まず原発を建設し、稼働させることが、何をもたらすのかを辿っておこう。原発は、ことごとく市街地から離れた自然豊かな地域で、自然を破壊して作られてきた。日々、死の灰を生み出す本性から、できるだけ生活域から離れたところへの立地となることは必然であった。1970年代前半、学生時代に私が関わっていた宮城県の女川原発予定地は、当時、水道も通っていない辺鄙な場所で、原発を作るために水道が敷かれた。加えて日本では復水器冷却水として海水を使用するため、原発は、ことごとく生物多様性の極めて豊かな海に面して立地されてきた。この時点で、開発に伴う自然破壊が進み、地域の生物多様性は低下していった。

そして、稼働してからは、たとえ安全に運転されている平常時においても原発は、少なくとも以下の2つの問題を抱えている。

1)産み出される「死の灰」とプルトニウム(Pu)

原発を動かすということは、原子炉内で核分裂の連鎖反応を起こすということである。その結果、核分裂生成物、いわゆる「死の灰」が日々、作り出される。また軽水炉の低濃縮ウラン燃料には、燃えるウラン235の他に燃えないウラン238があり、ウラン238に高速中性子がぶつかってプルトニウムができる。使用済み燃料を再処理し、プルトニウムを抽出し、これを高濃縮すれば核兵器が作れる。2018年末で国内9.0トン、海外36.7トン、合計45.7トンのプルトニウムを有している(注1)。核兵器を作る意思がないはずの日本が、核兵器の原料をNPT加盟国として例外的に大量に持つ唯一の国である。日本の核武装への懸念が消えない物理的背景である。こうして、事故が起きなくても、死の灰とプルトニウムを毎日作り続けることとなる。ひとたび、事故となればこれらの放射性物質のわずか数%が環境中に放出されただけでも、甚大な被害をもたらすことは福島やチェルノブイリ原発事故の経験が証明している。

しかも、この使用済み核燃料の処理方針は、高速増殖炉の運用がうまくいかず、核燃料サイクルが破綻している中で、何ら見通しはたっていない。とりわけ再処理後に出てくる高レベルの放射性廃棄物については処分場の候補地すら見つからないままである。

東海や六ケ所の再処理工場が計画通りに稼働しないため、相当量の使用済み燃料が原発サイトに一時保管されつつ、その大部分を英仏の再処理工場で再処理してきた。その結果、日本の原発から出る使用済み燃料に貯まっていた核分裂生成物は、英仏の大気や海を汚染した。セラフィールド再処理工場(英国)から出た放射能は、アイリッシュ海を汚染した後、ノルウエ―沖を北上し、北極海にまで到達していることがわかっている(注2)。日本の原発で作られた放射能が大西洋を汚染し、地球規模で生態系への悪影響をもたらしてきたのである。

2) 熱効率が悪く、作りだす熱量の3分の2は環境に捨てられる

火電では4割強が電気にできるが、原発は熱効率が悪く、生み出す熱量の3分の2は海に捨てる。膨大な熱を復水器冷却水の温度を高めることで、温排水という形で環境に排出している。原発は、稼働している限りにおいてトリチウムや冷却細管へのフジツボなどの付着防止として使用される発がん性のある次亜塩素酸ソーダ等を含んだ温排水を毎日放出しており、これによる海の生態系への影響という問題もある。

2.生物多様性の豊かな海に立地される原発

第2の問題は、原発が面している海は、ほとんどが生物多様性の極めて豊かな海であるという点である(注3)。2016年4月、環境省は、生物多様性に関する愛知目標を達成するための基礎資料として「生物多様性の観点から重要度の高い海域」(以下、「重要海域」)を抽出した(注4)。その選定は、生物多様性条約締約国会議で示された以下の8項目の抽出基準に基づいて行われ、270の「沿岸域」、20の「沖合表層域」、31の「沖合海底域」が選ばれた。

  1. 唯一性または希少性。
  2. 種の生活史における重要性。
  3. 絶滅危惧種または減少しつつある種の生育・生息地。
  4. 脆弱性、感受性または低回復性。
  5. 生物学的生産性:高い生物学的生産性を持つ種、個体群又は生物群集を含む場所。
  6. 生物学的多様性。
  7. 自然性:人間活動による撹乱または劣化がなく、高い自然性が保たれている。
  8. 典型性・代表性:

原発が面する海の多くが、この「重要海域」に選ばれている。ここでは、典型的な事例をいくつか取り上げる。

a)福島第1原発(福島県)と女川原発(宮城県)

東日本大震災に伴い大事故を起こした福島第1原発が面する常磐沖の海は、その典型である。「沿岸域」では、福島第1原発北方の「高瀬川・請戸川河口」は「ウナギ、カワヤツメ等の両側回遊性(海と淡水を往復する)の希少生物が分布している」とされる。女川原発(東北電力)が面する海は、沿岸域の重要海域の一つである「三陸海岸中南部」の一部であり、「外洋に面するリアス式海岸にはコンブ場、ワカメ場などの藻場が混在して発達し、生産性が高い」。さらに両原発の「沖合表層域」は、「本州東方混合水域」の一部である。ここは、「黒潮親潮移行域あるいは混合水域とも呼ばれる親潮と黒潮の混合する海域であり、暖水・冷水渦を含む複雑なフロント構造が発達」し、「温帯性種と亜寒帯性種とが共存する独特の生物相を形成するとともに高い生物生産を示す海域」であり、「サンマ、サバ類、イワシ類などの浮魚類・イカ類、マグロ類やカツオなど大型回遊魚の索餌・成長海域となっており、大陸棚から大陸棚斜面域にはタラ類、カレイ類などの多様な有用水産資源が生息する」とされる。沖合海底域も「東北沿岸海底谷」とされ、「底性の魚類も多い」。つまり福島、女川原発の面する海は、沿岸、沖合表層、沖合海底と3次元的な広がりをもって、実に南北500㎞、東西200㎞の世界三大漁場の一部であり、生物多様性という観点から見たとき極めて重要な海域である。

b)浜岡原発(静岡県)

御前崎のすぐ西にある浜岡原発が面する海は、「沿岸域」重要海域の一つ「駿河湾西域・御前崎・遠州灘沿岸」のほぼ中央部に位置する。近くの大井川、安倍川「両河川には多様な回遊性生物(ウナギ、アユ、ヨシノボリ類、チチブ、テナガエビなど)が生息しており、河口域はそれらの稚魚・幼体が海から川へと通過する場所である」。また、「大井川河口から遠州灘までの海岸は、アカウミガメの産卵地の前の海域として重要」である。「当該海域の砂浜生態系には、真性海岸昆虫としてのルリキオビジョウカイモドキ、ハマヒョウタンゴミムシダマシ、ハマベゾウムシが、好海岸性昆虫としてハマベエンマムシ、ホソケシマグソコガネなど海岸特有の種が多く認められる」とされる。

c)若狭湾に面する敦賀、美浜、大飯、高浜原発(福井県)

日本海側の原発の典型として若狭湾に面して集中立地する上記4原発がある。若狭湾は、「ホンダワラ類を中心とした広大な藻場が発達しており(約2000ha)、日本海側における天然アラメの北限でもある。また、ウニ、アワビ、サザエなどの多種多様の生物が生息し、産卵場および生育場となっており、生産性も高い。また、砂底質あるいは砂泥域にはベントスが豊富で、トラフグ、ヤナギムシガレイ、マダイ、ヒラメなどの多くの魚種の産卵場の形成が報告されている。また当該海域はカンムリウミスズメ(国際自然保護連合(IUCN)の絶滅危惧種)の繁殖コロニーである。」

d)上関原発予定地の田ノ浦(山口県上関町)

福島事故以降、いまだに新設の候補地となったままの上関原発予定地の田ノ浦もまた生物多様性の豊かな海である。選定の根拠を示す情報票には、「長島、祝島、宇和島周辺の海岸は、護岸のない自然海岸が多く、瀬戸内海のかつての生物多様性を色濃く残す場所である。」「祝島と長島を隔てる水道は体の漁場として有名であり、スナメリやカンムリウミスズメが目撃されている」とある。またコアジサシの営巣地、イカナゴ、ヒラメ、マダイの産卵場、マダコの生息地、カブトガニの生息地等の記述もある。更に情報票にはないが、埋立予定の田の浦海岸には、ヤシマイシンなどの還元性土壌に生息する微小巻貝が多種類生息していることも大きな話題になったことがある。環境省自らが認めているように、「瀬戸内海のかつての生物多様性を色濃く残す場所である」海を埋めること自体が、生物多様性基本法に基づいて作成された生物多様性国家戦略に反する行為となる。

このように、原発は、「重要海域」に面して「死の灰」を日々ため込む工場となり、トリチウムなどの放射能の一部と膨大な熱を海に排出してきたのである。

3.生物多様性の低減が止まらない

ところで20世紀末、人類は、このまま生物多様性を破壊していけば、自らも含めて破滅への道であることを自覚し、生物多様性の低減を食い止める国際的努力を始めた。1992年6月、リオデジャネイロでの「環境と開発に関する国際連合会議」(地球サミット)で生物多様性条約が採択され、1993年5月に発効したことは、その一つの現れである。日本は、この条約に一早く加盟し、08年6月には生物多様性基本法を施行し、2010年10月、同条約第10回締約国会議(COP10)が名古屋市で開催された。この会議で、2020年までに「生物多様性の損失を止めるために効果的かつ緊急な行動を実施する」ことを掲げた「生物多様性戦略計画2011-2020」(愛知目標)を採択した。沿岸域の10%を海洋保護区にすることや外来生物の侵入防止など具体的な20の目標が設定された。これを受けて政府は、2012年9月、第5次「生物多様性国家戦略」を閣議決定した。

しかし、2019年5月6日、生物多様性条約発効から四半世紀にわたる世界的努力にもかかわらず、事態はより悪化しており、愛知目標の目標年である2020年の到達点は極めて不十分なものとなることを示唆する報告書が発表された。「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットホーム」(以下、IPBES)が、第7回総会(パリ)で初の「生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書」(注5)を発表したのである。そこには例えば、「世界中に約800万種と推定される動植物について、ここ数十年のうちに約100万種が絶滅の危機にある」、「海洋哺乳動物の33%超が絶滅の危機に直面している」と書かれている。

そこで、2020年10月、生物多様性条約の第15回締約国会議を中国の昆明(クンミン)で開催し、「ポスト愛知目標」を策定する日程が組まれ、20年1月初め、公開作業部会(OEWG)が「ポスト2020生物多様性枠組みゼロドラフト」を提案している。それによると、「地球と人々への恩恵のために、生物多様性を回復の軌道に乗せるため、緊急な行動を社会全体で起こす」とし、「2030年までに淡水、海洋、陸域生態系でノーネットロスを達成、2050年までに[20%]以上を向上させる」ことを目標に掲げている。2020年の愛知目標が達成できない中で、次の10年間、積極的でより高い目標を設定しようとの提案となっている。ところが、1月からのコロナ禍の蔓延により、会議は延期され、開催時期も未定である。

この観点から、再度、生物多様性と原発についてみておこう。福島原発や女川原発沖の海は、世界三大漁場の一部として、世界規模で見ても生物多様性の観点から極めて重要度が高い。太平洋側の浜岡原発も、日本海側の若狭湾に面する4原発も同様である。先に指摘したように「死の灰」製造工場である原発を「生物多様性の観点から重要度の高い海域」に面して立地することは、生物多様性国家戦略やさらに遠からず新たに策定されるであろう「ポスト愛知目標」の掲げる「2030年の生態系の損失を実質ゼロにする」との目標に照らして許容できないことである。この文脈においては、コロナ禍によって見える現代文明の脆弱性が問題なのではない。それとは逆に現代文明こそがコロナ禍のような感染症を引き起こしたのであり、同様の事態を繰り返さないためにも、現代文明のありようそのものを改めるしかないことになる。原発を含めた化石燃料依存の文明の克服こそが課題であり、生物多様性の保全と回復という視点から文明のありようを吟味しなければならない。原発のみならず辺野古新基地建設や再処理工場なども含め、あらゆる国策について、とりあえず生物多様性国家戦略や「ポスト愛知目標」に照らして、その是非を吟味することが急務である。

  1. 内閣府:『我が国のプルトニウム管理状況』(2019年7月)。
  2. 湯浅一郎:『海の放射能汚染』,緑風出版(2012年)。
  3. 湯浅一郎:『原発再稼働と海』緑風出版(2016年)。
  4. 環境省HP「生物多様性の観点から重要度の高い海域」。
  5. 「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットホーム」(IPBES):『生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書・政策決定者向け要約』(2019年5月)。

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