平和軍縮時評

2020年09月30日

核兵器禁止条約の署名に向けて、日本はまず周辺諸国との関係改善に力を入れよ

渡辺洋介

はじめに

被爆75年となる広島原爆の日を翌日に控えた8月5日、核兵器廃絶日本NGO連絡会の主催により、広島で討論会「被爆75年、核兵器廃絶へ日本はいま何をすべきか」が開催された注1。討論会には日本政府、各政党、国連、市民社会の代表者が参加し、核廃絶に向けた日本の取り組みと核兵器禁止条約(以下、核禁条約)への日本の参加をめぐってそれぞれの立場が表明され、議論が交わされた。その中で浮かび上がってきたのは、野党が核禁条約への参加に前向きであるのに対して、日本政府は条約への署名はしないと明言している姿であった。

周知の通り、日本政府は非核三原則を「国是」とし「核廃絶をめざす」と公言している。にもかかわらず、なぜ政府は頑ななまでに核禁条約に背を向け続けるのであろうか。また、どうすれば核禁条約に署名し、核廃絶に向けて歩みを進めることができるのであろうか。本稿では、8月5日の討論会の内容を紹介したうえで、こうした問題を考えていきたい。

討論会「被爆75年、核兵器廃絶へ日本はいま何をすべきか」

ここでは討論会でどのような議論が交わされたかについて、核廃絶と核禁条約に対する政府・与党と野党の立場の違いに焦点を当てながら紹介したい。

討論会では、まず、政府を代表して尾身朝子外務大臣政務官が発言した。同政務官は、日本は唯一の戦争被爆国として核兵器廃絶に向けた国際社会の取り組みをリードするとしたうえで、核軍縮の進め方に国家間の立場の違いがあるため、透明性や核軍縮検証など各国が受け入れられる具体的措置を見いだす努力をし、核兵器国と非核兵器国の橋渡しに努め、また、被爆の実相に対する各国の理解を深める措置をとると政府の立場を表明した。

こうした政府の立場に最も近いのが自民党である。討論会で自民党の平口洋衆議院議員(被爆者救済と核兵器廃絶推進議員連盟事務局長)はつぎのように述べた。現実の問題として、核兵器廃絶に最も大切なものは核兵器不拡散条約(NPT)で、核兵器国と非核兵器国がともに核廃絶に向けて努力していくことが重要であるとし、日本の核禁条約への署名は時期尚早であるとして反対した。一方で、同じ与党でも公明党は核禁条約に対してより理解があるようだ。討論会で、山口那津男公明党代表は、公明党は核兵器を使わないという規範が広まることを強く望んでおり、核禁条約もその面で高く評価していると述べた。同時に、核兵器国と非核兵器国の橋渡しや「核軍縮の実質的進展のための賢人会議」の活動は高く評価し、日本政府の方針を積極的に支持した。

それに対して野党の立場は3つに分かれた。第一に、核廃絶に向けた動き自体に疑念を呈する日本維新の会の立場である。同会の足立康史国会議員団幹事長代理は討論会で「タブーなき議論をすべき」という原則論を述べたのち、北朝鮮が核を持つのであれば、日本も核を持つと表明すべきと主張した。また、核兵器保有を禁じる核禁条約への加入は国家主権の制限につながることを示唆し、核禁条約への反対をほのめかした。

第二に、日米安保と核抑止力は認めたうえで、核禁条約に署名はできなくとも、せめてオブザーバー参加はすべきという立憲民主党と国民民主党の立場である。枝野幸男立憲民主党代表は討論会で、日本は米国との同盟を維持しながら、どのような条件が整えば核禁条約に参加できるのか国会で議論する必要があると述べ、核禁条約にはせめてオブザーバーとして参加して橋渡しをすべきと主張した。同様に玉木雄一郎国民民主党代表も核禁条約にオブザーバー参加すべしと同調し、米国だけでなく中国やロシアとの橋渡しも重要であることを指摘した。9月15日に結党した新・立憲民主党に加入した岡田克也衆議院議員も同じような考えの持ち主で、討論会では、核兵器国・非核兵器国ともに核廃絶という大きな方向性は同じであることを確認したうえで、両者の橋渡しをするのに、まず核禁条約に入った方がいいのか、あるいはオブザーバーがいいのかを考えればいいと提案した。

第三に、日米安保と核抑止力を否定的に捉えたうえで、核禁条約への日本の署名を求める立場がある。共産党、社民党、れいわ新選組がこうした方針をとっている。志位和夫日本共産党委員長は討論会で、核禁条約の発効によって核兵器保有国を政治的、道義的に追い詰めることができると述べているが、これは、「核兵器は悪である」という国際世論を喚起し、核保有国に圧力をかけていくという市民運動の戦略と軌を一にしている。また、福島みずほ社民党党首は、日本人の72%が核禁条約に署名すべきと考えており、核禁条約への参加が被爆者に対する政治の責任であると述べた。同様にれいわ新選組の舩後靖彦衆議院議員も、核禁条約参加と日米安保は矛盾せず、日本は核禁条約に率先して参加すべきと述べ、さらに、野党は超党派合意で連合して核禁条約への参加を総選挙の公約にしてはどうかと提案した。思うに、核禁条約への参加が野党共通の選挙公約となれば、核廃絶に関する国民的議論を起こすよい機会となるであろう。

日本政府が核禁条約に後ろ向きである背景

上に述べたとおり、野党は程度の差はあれ核禁条約への参加に前向きで、世論の72%が核禁条約に署名すべきと考えている。にもかかわらず、日本政府はなぜ核禁条約に対して頑なに不支持の姿勢を続けているのであろうか。基本的なことではあるが、改めてその背景を考えてみたい。

その背景として第一に考えられるのは、トランプ政権の誕生を機に米国の安全保障政策が核戦力重視に転換し、ロシアとの核開発競争が再燃するという近年の厳しい国際環境がある。振り返ってみると、10年前は現在とまったく異なった環境にあった。2009年、オバマ大統領はプラハ演説で米大統領として初めて「核兵器のない世界」の追求を誓い、2010年にはロシアと新戦略兵器削減条約(新START)を締結して、戦略核弾頭保有の上限を、それまでの6000発から1550発まで引き下げた。ところが、2017年のトランプ政権の誕生で風向きに変化が生じ、米国は2018年2月に「核態勢見直し」を発表して、核兵器とその運搬手段の近代化を公然と進めるようになった。その約1か月後、ロシアのプーチン大統領は施政方針演説で、極超音速兵器など米国の弾道ミサイル防衛システムを突破できる新型戦略兵器が開発されたことを誇示した。ここに米露間における核兵器とその運搬手段の開発競争が再び表舞台に現れたのであった。

第二の背景として考えられるのは、近年の日本は近隣アジア諸国と良好な外交関係を築けておらず、安全を保障する手段として、米国の核抑止力を含む軍事力に頼らざるを得ない状況に陥ってしまっていることがある。その原因を探ってみると、安倍前首相は、そもそもアジア諸国と良好な外交関係を積極的に築く意思がなかったのではないか、あるいは、アジア諸国との関係は犠牲にしても米国との関係を強化できればかまわないと考えていたのではないかと思われるふしがある。
その1つの例は安倍政権が推進した中国包囲網外交である。安倍前首相は、2012年12月にチェコに本拠を置くオピニオン誌『プロジェクト・シンジケート』に「アジアの民主国による安全保障ダイヤモンド」(Asia’s Democratic Security Diamond)という論文を寄稿して、つぎのように述べている(原文は英語)。

南シナ海はますます「北京の湖」と化しているように見える。(中略)南シナ海は中国海軍が核ミサイルを搭載した潜水艦の基地とするのに十分な深さがあり、隣国を恐れさせる新型空母もまもなく登場するだろう。もし日本がこれを許せば、南シナ海はさらに要塞化され、日本や韓国といった貿易立国の国々にとって死活的な航行の自由が深刻に侵されるだろう。(中略)私は豪州、インド、日本、米国のハワイをもって、インド洋から西太平洋にかけての海洋権益を保護するダイヤモンドを形成するという戦略を描いている。注2

こう述べて安倍前首相は、南シナ海で軍事力を拡張する中国に対して日米豪印が共同で対抗すべきことを説いた。その後の安倍外交は中国との決定的な対立は避けながらも概ねこの構想に沿って進められた。2014年に中国が「一帯一路」構想を表明すると、日本は2016年に「自由で開かれたインド太平洋戦略」を打ち出して米豪印との協力を強化した。2017年には米国が同戦略を採用し、上記4国は中国を共通の脅威と意識した緩い同盟関係を形成している。しかし、この準同盟関係の強化によって、中国との安定した関係が損なわれていることは否定できない。

いま1つの例は、安倍政権の北朝鮮に対する姿勢である。日本政府は2002年に北朝鮮が拉致問題を認めて以来、概して北朝鮮に対して強硬な姿勢を維持してきたが、拉致問題で知名度を高めた安倍前首相には特にその傾向が強かった。例えば、2006年、北朝鮮が最初の核実験をした際、当時の第1次安倍政権は日本の独自制裁として、北朝鮮から日本への輸入をいきなり全面禁止にした。これは一般の北朝鮮民衆に多大な悪影響を及ぼしかねない容赦のない措置である。そうした悪影響を最小限にとどめ、北朝鮮指導部と核・ミサイル開発に関わったとみなされる個人と組織にターゲットを絞った2016年以前の国連制裁とはまったく性格が異なる。2012年に第2次安倍政権が発足してからも、2014年の日朝ストックホルム合意からわずかの期間は例外として、特に2016年に北朝鮮が核実験を行ってからの安倍政権の対北朝鮮政策は制裁一辺倒といえるものであった。

このように安倍政権の中国包囲網外交および北朝鮮敵視の姿勢によって、中国、北朝鮮といった近隣の核保有国との関係は不安定のままで推移し、日本の安全保障は米国の核抑止力を含む軍事力に依存せざるを得ない状況に陥っている。そうした背景のもと、日本は核廃絶に関しても米国の立場に配慮せざるを得なくなっているのである。

日本はまず周辺諸国との関係改善に力を入れよ

こうした状況の中で、日本が米国の核抑止力に依存せずに自らの安全を保障するのにまず必要なのは、中国や北朝鮮といった周辺核保有国との間に基本的な信頼関係を築くことである。日本が核禁条約に参加しない理由は、日本政府によると、条約に加入すると米国の核抑止力を使えなくなることにある。日本が核抑止力をどう使うのか、具体的な場面を考えると、外交交渉などで核保有国が日本に核攻撃の脅しをちらつかせてきた場合に、日本も米国の核戦力をちらつかせることで脅しを無効にするという使い方になる。核禁条約に入ると、これができなくなるので加入に反対しているのであろう。しかし、こうした場面が非現実的になるような良好な外交関係を核保有国との間に築くことの方がより賢明な選択肢ではなかろうか。

8月5日の討論会で田中煕巳・日本原水爆被害者団体協議会代表委員は「信頼関係がないから抑止力が必要だというが、互いの信頼関係を築く努力をしてほしい」と各政党の代表者を前に強く訴えていた。まったく同感である。

  1. 討論会の議事録は以下のURLを参照
    https://nuclearabolitionjpn.files.wordpress.com/2020/08/minutes_mp_discussion_hiroshima_05aug2020.pdf
  2. 『プロジェクト・シンジケート』ウェブサイト(英文)

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