平和軍縮時評

2021年02月28日

コロナ禍は、物質文明の見直しと社会変革を求めている

―生物多様性の急激な低下、感染症増加の温床に

湯浅一郎

新型コロナウイルス(COVID-19)の世界的感染が止まらない。世界保健機構(WHO)[1]によれば2021年2月28日現在、世界の感染者は累計で約1億1343万人、死亡者は約252万人である。最も多い3か国が米国、インド、ブラジルである。一方、日本の感染者は約43万2700人、死亡者が約1880人である。
日本では、20年11月半ば以降、北半球が冬に向かうにつれ急激な拡大傾向を見せ、深刻さを増していった。大晦日には新規感染者数が、東京都で1353人、全国で4540人となり、感染急拡大のまま年を越した。この間、政府や東京都は無策のまま何も対応せず、1月7日になり、ようやく東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県で2回目の緊急事態宣言が発出された。そして1月8日、全国の1日当たり新規感染者が7,949人と過去最多となった。その後1か月半の間に、宣言の一定の効果が出て、2月28日現在、全国999人、東京都329人にまで下がったが、下げ止まりの状態になり、気を緩めれば、また急増する環境を残したままである。まだまだコロナへの対応に耐える日々が続くことは避けられない。

このコロナ禍は1つの感染症としての意味にとどまらず、現代文明や人間社会全体のありようを問う重大事であり、私は、コロナ事態としてとらえるべきだと考える。今、コロナ禍という鏡を通して社会的差別や格差の拡大、利潤追及と効率性を第1とした経済システムの脆弱性など、さまざまな構造的問題が鮮明に映し出されている。しかし、より深刻で本質的なことは「コロナ禍は生物多様性を低下させ続ける人間活動の結果ではないか」という仮説に関わる問題である。そこで、ここでは、コロナ事態は人間活動の拡大により生物多様性の低下が急激に進行した結果ではないかという点につき、包括的に述べる。そこから社会経済システムを含む文明の変革が求められていることを提起したい。

2020年は、生物多様性の減少を食い止める重要な年になるはずだった

昨年2020年は、2010年に策定した生物多様性に関する「愛知目標」の目標年であり、2030年、2050年に向けた「ポスト愛知目標」を定める重要な年であった。
愛知目標とは、2010年10月に名古屋で開催された生物多様性条約第10回締約国会議で、2020年までに「生物多様性の損失を止めるために効果的かつ緊急な行動を実施する」べく合意された国際公約である。背景にあるのは、「生物の多様性の保全、その構成要素の持続可能な利用及び遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分」を目的として1993年5月に発効した生物多様性条約である。

そして2012年、「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットホーム」(以下、IPBES)が発足する。これは、気候変動枠組み条約における「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)に相当する国際組織で、生物多様性に関する科学的情報を各国政府に提供する役割を担っている。このIPBESが2019年5月、世界初となる「生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書」[2]を発表した。そこには例えば、「世界中に約800万種と推定される動植物について、今後、数十年のうちに、約100万種が絶滅する危機にある」と衝撃的なことが書かれている。つまり、この報告書は2020年における愛知目標の達成は、ほぼ不可能に近いことを示唆していた。
これを受けて愛知目標の目標年である2020年10月、生物多様性条約の第15回締約国会議(COP15)を中国の昆明(クンミン)で開催し、ポスト愛知目標を定める計画になっていた。しかし、コロナ事態の発生で、昆明会議は無期限延期となった。その後、7月15日、生物多様性条約事務局は、延期していたCOP15を2021年5月17日~30日にかけ昆明で開催すると発表した。

2020年9月15日、生物多様性条約事務局は、世界の生物多様性の概況に関する報告書「地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)政策決定者向け概要要約」[3]を発表した。報告は、まず愛知目標の20の目標について一つ一つ達成状況を検証したところ、完全に達成された目標は無いとする。そして以下の6項目だけが部分的に達成されたとしている。

  • 目標9:侵略的外来種の制御・根絶
  • 目標11:陸域の17%、海域の10%を保護地域などにより保全
  • 目標16:ABSに関する名古屋議定書の施行・運用
  • 目標17:生物多様性国家戦略の策定・実施
  • 目標19:関連知識・科学技術の向上
  • 目標20:資金を顕著に増加

例えば、目標9は、侵略的外来種の特定、また外来種がもたらすリスク及び管理の実現可能性を鑑み外来種を優先順位付けするという点において過去10年間で良い進捗が見られた。特に島嶼での侵略的な哺乳類をはじめとする侵略的外来種の根絶事業の成功は在来種に恩恵をもたらした。しかし外来種の新規の侵入の件数が減少していることを示す証拠はない。

また愛知目標に関する60項目の特定の要素の評価では、7項目が達成、38項目が進捗ありとなった。13項目は進捗なし又は目標から後退となり、また2項目については進捗の程度が不明であるとする。
このような評価をしたうえで、同報告書は、生物多様性の損失を少なくし、回復させるために、「今までどうり」から脱却し、社会変革(transformative change)が必要であるとする。後述するが、「社会変革」はポスト愛知目標のキーワードである。これにより、生物多様性の減少を食い止め、むしろ増加に転じさせることで、2030年以後に生物多様性のネットゲインを実現する可能性を指摘している。同報告は、2021年のCOP15において合意をめざすポスト愛知目標の骨子を提示しているとみられる。

日本は、いち早く、生物多様性条約に批准し、2008年、生物多様性基本法を作り、5次にわたり生物多様性国家戦略を閣議決定してきた。現時点で最新のものは、2012年9月に閣議決定された第5次戦略である。そして2020年1月、COP15で合意されるであろうポスト愛知目標に呼応して、新たな第6次生物多様性国家戦略を2021年に閣議決定すべく、作業を始めている。具体的には、環境省が生物多様性国家戦略研究会を組織し、2020年1月7日の第1回を皮切りに、これまでに6回の研究会を開催してきた[4]

コロナ禍は、生物多様性を減少し続ける人間活動の結果

先のIPBESの2019年報告書「政策決定者向け要約」には、生物多様性の低下が感染症の危機を広げており、コロナ禍のような事態が起きることを懸念することが記述されている。即ち、「開墾や生息地の分断、または多くの細菌性病原体に急速な抗生物質耐性の発現を引き起こす抗生物質の過剰投与といった人間活動によって、野生動物、家畜、植物や人の新たな感染症が増える可能性がある」とされる。

またIPBESを主導する共同議長ジョセフ・セッツルら4人の専門家は、コロナ禍が拡がる2020年4月27日付けの短い論文[5]で、「これはほんの始まりにすぎない。将来のパンデミックの可能性は非常に大きい。人に感染することが知られているタイプの未確認のウイルス170万種が、哺乳類や水鳥にまだ存在していると考えられている。これらのいずれかが次の「疾患X」になる可能性があり、それらは、COVID-19よりもさらに破壊的で致命的な可能性がある」としている。生物多様性の減少が、COVID19とは異なる感染症を含めウイルス感染の確率を高めている可能性があるというのである。

コロナ事態は、生物多様性を急激に減少し続ける人類に対する自然からの深刻な警告なのである。人類に対して自然がお灸をすえていると言ってもいい。2020年に、当面の生物多様性の減少を食い止める方策を決めようとしていた重要な年に、コロナ事態が発生した事実は重い。今は、2020年10月に昆明でのCOP15において、生物多様性を減少させ続ける人類文明の在りようを根本的に見直し、2030年へ向けたポスト愛知目標を策定し、グローバルな社会変革へ向け出発しようとしていた矢先にコロナ禍が発生したことの意味を深く熟慮してみることが必要である。

浪費型文明を見直し、社会変革を進めるしかない

人類が利潤追求と効率性を最優先させる経済活動を拡大させ、際限のない開発を続けることで、生物多様性の低下を引き起こしていることがコロナ事態のような感染症の発生要因なのではないか。これは、仮説にすぎないが、我々は、これを深刻に受け止めるべきである。先に見たIPBES専門家論文は、それを以下のように指摘している。「気候変動や生物多様性危機と同様に、近年のパンデミックは人間活動、とりわけいかなるコストをかけても経済成長を評価するパラダイムに基づいた、世界の金融および経済システムの直接的な結果である」。

そう考えると、自然を征服の対象と捉え、科学技術の発展を背景に無制限に開発を推し進めてきた現代文明こそが、生物多様性の減少を急激に進行させ、コロナ事態を引き起こしたことになる。この文脈においては、コロナ事態によって見える現代文明の脆弱性が問題なのではない。それとは逆に現代文明こそがコロナ事態のような感染症を引き起こしたのであり、同様の事態を繰り返さないためには、現代文明のありようそのものを改めるしかないことになる。まずは、この事実を広く認識することが先決である。

先に紹介した専門家4人の論文は、次のようにも提言している。

恐らく最も重要なこととして、絶滅の危機にある動植物を守るためにも、社会変革すなわち全てのセクターにわたる社会的・環境的責任を増進させ、目標や価値観を含め、技術的、経済的および社会的要素に関連するシステム全体を根本的に再編成する必要がある

2020年10月に中国・昆明で生物多様性条約の第15回締約国会議を開催する予定で準備を進めていた作業部会が2020年1月「ポスト愛知目標」の草案を発表した。その草案の底流にある概念は「社会変革」である。草案は「30年までに淡水、海洋、陸域生態系で(生物多様性の)ノーネットロスを達成し、50年までに(20%)以上を向上させる」との目標を掲げた。さらに「生物多様性を回復軌道に乗せるため、緊急な行動を社会全体で起こす」とし、大胆な社会変革が不可欠だと主張しているのである。

政府は、感染防止と経済活動の両立を基本方針として、三密を避け、新しい生活様式を定着させようなどとしている。当面はそれでも仕方ないが、元の浪費的な社会のありように戻ることが目的であるとすれば、ほとんど意味がない。それでは、コロナ事態が問う本質に迫ることはできない。

今、コロナ事態が起きたことで、生物多様性国家戦略を守ることの優先度が飛躍的に高まっている。我々が行うべきは、コロナ事態を引き起こしたのは、生物多様性の減少を急激に進行させてきた現代文明であるとの認識を共有することである。そして、生物多様性保全の推進をめざした生物多様性国家戦略に照らして様々な国策、公共政策を見直すべきである。例えば、辺野古新基地建設、原発の再稼働や新増設は、生物多様性国家戦略やさらに今年5月にも策定されるであろう「ポスト愛知目標」の掲げる「2030年の生態系の損失を実質ゼロにする」との目標に照らして許容できないことではないのか。あらゆる国策について、とりあえず生物多様性国家戦略や「ポスト愛知目標」に照らして、その是非を吟味することが急務である。

こうした点を考慮するとき、時代は文明の転換期の渦中にあることが見えてくる。18世紀の産業革命に端を発し、科学技術の進歩を背景に、資本主義的社会経済システムを運用し、特に1970年代初めからは石油漬け文明とでもいうべき時代が続いた。その中で、人類文明は生物多様性を急激に減少させ、地球規模で気候変動を左右するに至った。1970年代の石油危機からほぼ半世紀を経て、その弊害が気候危機という形で表面化してきたのと同時にコロナ事態に遭遇したことの意味は重い。今は、産業革命以降の人類の歩みを省察すべきときである。平和問題は、このような文脈においてもとらえられるべきであろう。


注:

  1. 世界保健機構ホームページ。URLは以下。https://covid19.who.int/ ↩︎

  2. IPBES:「生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書」(2019年5月)。 ↩︎

  3. 生物多様性条約事務局:「地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)政策決定者向け概要要約」(2020年9月)。 ↩︎

  4. 環境省ホームページ。URLは以下。
    https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/initiatives5/index.html ↩︎

  5. ジョセフ・セッツルらIPBES専門家ゲスト論文:「COVID-19刺激対策は、将来のパンデミックのリスクを軽減するため人命を救助し、暮らしを守り、自然を守らねばならない」(2020年4月27日)。https://ipbes.net/covid19stimulus ↩︎

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