平和軍縮時評

2022年12月31日

「力による抑止」の論理に貫かれた安保3文書と23年度防衛予算

木元茂夫

2022年12月16日、安保3文書-「国家安全保障戦略」、「国家防衛戦略」、「防衛力整備計画」-の閣議決定が行われた。(注1)12月23日には6兆8,219億円という2023年度防衛予算案が決定された。物件費の契約ベースでは8兆9,525億円(「我が国の防衛と予算(案)~防衛力抜本的強化「元年」予算~令和5年度予算の概要」、以下「予算案」と略す。)(注2)であるという。つまり、2023年度中にできるだけ契約して、後年度負担に回すということだ。岸田首相は1月13日に訪米し、バイデン大統領に報告した。

この順序はどう考えてもおかしい。国会での審議を経て承認されてからアメリカ政府に報告というのが、まっとうな手順というべきだろう。順序を逆転させたのは、アメリカ政府の支持を背景に、国会審議に掣肘を加えようとしているとしか思われない。「沖縄タイムス」は12月17日の社説で「結論ありき、総額ありき、国会論議は深まらず国民に知らせる努力もせず」と批判した。「国家安全保障戦略」は、「国家としての力の発揮は国民の決意から始まる」としているが、こんなやり方で決意する国民がどこにいると思っているのだろうか。

最初に安保3文書の概略を示しておく。「国家安全保障戦略」がA4で31ページ、「国家防衛戦略」が29ページ、「防衛力整備計画」が31ページ(別表が3点)で、ほぼ同じ長さである。「国家安全保障戦略」は、「我が国を取り巻く安全保障環境と我が国の安全保障上の課題」をメインとするアジア太平洋地域の情勢分析、情勢認識で、「反撃能力」についても触れている。「国家防衛戦略」は従来の「防衛計画の大綱」を名称変更したもので、「我が国の防衛の基本方針」、「防衛力の抜本的強化に当たって重視する能力」をメインに5年先、10年先の防衛力整備の方向性を示している。「重視する能力」とは、①スタンド・オフ防衛能力(長距離攻撃兵器の保有)、②統合防空ミサイル防衛能力、③無人アセット防衛能力、④領域横断作戦能力、⑤指揮統制・情報関連機能、⑥機動展開能力・国民保護、⑦持続性・強靭性の7つである。「反撃能力」についても触れているが、その内容は「国家安全保障戦略」のそれとほぼ同一である。「防衛力整備計画」は従来の「中期防衛力整備計画」で、「自衛隊の能力等に関する主要事業」で「重視する能力」の整備の具体的な進め方を明示し、「自衛隊の体制等」で統合運用体制、統合司令部の創設について述べている。

矛盾に満ちた「国家安全保障戦略」

「国際社会は時代を画する変化に直面している。グローバリゼーションと相互依存のみによって国際社会の平和と発展は保証されないことが、改めて明らかになった」で始まる。

そして、ウクライナ戦争の分析よりも、中国に対する批判がまず出てくる。「普遍的価値を共有しない一部の国家は、経済と科学技術を独自の手法で急速に発展させ、一部の分野では、学問の自由や市場経済原理を擁護してきた国家よりも優位に立つようになってきている。これらは、既存の国際秩序に挑戦する動きであり、国際関係において地政学的競争が激化している」と主張する。

中国の経済と科学技術の発展が「国際秩序に対する挑戦」とするこの論理は、身勝手なものである。さらに、「安全保障政策の遂行を通じて、我が国の経済が成長できる国際環境を主体的に確保する。それにより、我が国の経済成長が我が国をとり巻く安全保障と経済成長の好循環を実現する」「国際社会の主要なアクターとして、同盟国・同志国と連携し、国際関係における新たな均衡を、特にインド太平洋地域において実現する」との主張は、岸田内閣の本音であり、願望なのであろう。しかし、この主張は日本企業が国際競争力を低下させ、貿易黒字が減少している現実から目を背けるものでしかない。中国の経済成長はさまざまな問題を抱えているが、それを安全保障問題として対抗しようする姿勢は、根本的に誤っている。日本の経済力の低下には、それ独自の処方箋が必要であるが、岸田内閣の経済政策に力強さは感じられない。

「平和国家として、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国とはならず、非核三原則を堅持する」としているが、防衛予算をGNP2%に増大させる日本は、5年後にはアメリカ、中国に続く世界第3位の軍事大国になる。しかも、米国がもっぱら相手国の領土を攻撃するために使用して来た巡航ミサイル・トマホークの購入費に2,113億円、射程3000kmと報道されている極超音速誘導弾(「毎日新聞」2023年1月3日)の開発費に585億円を計上したことは、「専守防衛」を放棄したと受け止められ、軍拡競争を激化させていく可能性が大である。

安保3文書に掲載された主な長距離攻撃兵器の性能と配備予定は下記の通りである。

防衛省政策評価書、「毎日新聞」(2023年1月3日)、能勢伸之『極超音速ミサイル入門』等により作成

2023年度予算計上額

① 地上発射型量産費 939億円、開発費 338億円
② 取得費 2,113億円、イージス艦に搭載する関連機材の取得費1,104億円
③ 開発費 2,003億円
④ 研究費 585億円

「安保戦略」で特に問題なのは、敵基地攻撃能力=反撃能力の行使についてである。「相手からミサイルによる攻撃がなされた場合、ミサイル防衛網により、飛来するミサイルを防ぎつつ、相手からの更なる武力攻撃を防ぐために、我が国から有効な反撃を相手に加える能力、すなわち反撃能力を保有する必要がある」とし、「武力の行使の三要件を満たして初めて行使」するとしている。しかし、「武力の行使の三要件」については、2014年7月に安倍内閣が従来の「我が国に対する急迫不正の侵害がある」から、「我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」と定義を大きく拡大し、2015年の安保法制によって「存立危機事態」という極めて曖昧な「事態」を法制化した既に法的には他国に対する攻撃であっても反撃能力の行使が可能になっている。

あまりにも説明不足の「国家防衛戦略」

冒頭で「中国は東シナ海、南シナ海において力による一方的な現状変更やその試みを推し進め」と批判しつつ、「中国との間では、「建設的かつ安定的な関係」の構築に向けて、日中安保対話を含む多層的な対話や交流を推進していく」としている。しかし、林外相の訪中は、2021年11月に中国から招待があったにも関わらず、いまだに実現していない。対話への熱意を疑わせる。11月17日の岸田-習近平会談の45分だけではあまりにも短い。

「持続性・強靭性」の項目で、「現在の自衛隊の継戦能力は、必ずしも十分ではない」とか、「2027年度末までに、弾薬については、必要数量が不足している状況を解消する」と述べているが、「継戦能力」について、おおよそ数週間とか何ケ月の戦闘の継続が可能であるとかの説明は何もない。弾薬の「必要数量」についても一言の説明もなく、「前年度比3.3倍となる8,283億円」(予算案7p)が計上されている。

さらに、「おおむね10年後までに、弾薬及び部品の適切な在庫の確保を維持するとともに、火薬庫の増設を完了する」とある。必要数量の不足を2027年度までに解消と言ったすぐあとに、10年後までに適切な在庫の確保を維持するという。どうやら、「必要数量」と「適切な在庫」は違うようだが、具体的な説明は何もない。まさに、「国民に知らせる努力もせず」である。

「防衛力整備計画」では、「スタンド・オフ・ミサイルを始めとした各種弾薬の取得に連動して、必要となる火薬庫を整備する。また、火薬庫の確保に当たっては、各自衛隊の効率的な協同運用、米軍の火薬庫の共同使用、弾薬の抗たん性の確保の観点から島嶼部への分散配置を追求、促進する」とあり、沖縄-琉球弧への配置を明言している。すでに沿岸警備隊が配備されている与那国島駐屯地に18ヘクタールの土地を追加取得して、火薬庫の整備も予定されている(「沖縄タイムス」12月24日)。

「弾薬」のことを先に書いたが、「国家防衛戦略」の中心は「我が国の防衛の基本方針」で、1我が国自身の防衛体制の強化、2日米同盟による共同抑止・対処、3同志国等との連携という構成になっている。

1我が国自身の防衛体制の強化では、

「5年後の2027 年度までに、我が国への侵攻が生起する場合には、我が国が主たる責任をもって対処し、同盟国等の支援を受けつつ、これを阻止・排除できるように防衛力を強化する。おおむね10年後までに、防衛力の目標をより確実にするため更なる努力を行い、より早期かつ遠方で侵攻を阻止・排除できるように防衛力を強化する」と目標が掲げられている。

つまり、5年後までが長距離攻撃兵器保有の第1段階、10年後までが第2段階である。「より早期かつ遠方で」の意味するところは、より射程距離の長いミサイルを整備するということだ。

2日米同盟による共同抑止・対処では、

「我が国の反撃能力については、情報収集を含め、日米共同でその能力をより効果的に発揮する協力態勢を構築する。さらに、今後、防空、対水上戦、対潜水艦戦、機雷戦、水陸両用作戦、空挺作戦、情報収集・警戒監視・偵察・ターゲティング(ISRT)、アセットや施設の防護、後方支援等における連携の強化を図る」とある。

情報収集・警戒監視・偵察を意味するISR( Intelligence, Surveillance and Reconnaissance)という略語は、2015年の日米ガイドラインや、防衛白書などで繰り返し使われて来たが、今回、ターゲティング(攻撃する目標の選定)が加わって、ISRTとなった。敵基地攻撃能力の行使には、この能力が不可欠である。朝鮮(DPRK)や中国の地上基地の情報を、自衛隊がどのくらい持っているのかは不明である。しかし、「敵基地」の情報収集が大きな課題になっていくことは間違いないだろう。「領域横断作戦能力」の項目には、「宇宙領域においては、衛星コンステレーションを含む新たな宇宙利用の形態を積極的に取り入れ、情報収集、通信、測位等の機能を宇宙空間から提供されることにより、陸・海・空の領域における作戦能力を向上させる」とある。「測位」という言葉には、高速で飛翔するミサイルの位置を把握する能力が含まれる。

3同志国等との連携

同志国の筆頭はオーストラリアである。2022年1月に「日本国の自衛隊とオーストラリア国防軍との間における相互のアクセス及び協力の円滑化に関する日本国とオーストラリアとの間の協定」(政府は「円滑化協定」という略称を用いているが、相互アクセス協定の英文Reciprocal Access Agreement: の略称でRAAとも呼ばれる)を結んだ。前文に「一方の締約国の領域にいる間の他方の締約国の訪問部隊および文民構成員の地位を定める」とあり、実質的には地位協定である。2023年1月、イギリスともほぼ同様の協定を結んだ。オーストラリアとはこれまでも共同訓練、日米豪の3国間共同訓練を繰り返してきた。一例をあげれば、2022年10月4日~8日の5日間、日本・米国・カナダ・オーストラリア共同訓練が南シナ海で行われている。「事態に応じて柔軟に選択される抑止措置(FDO)としての訓練・演習等」と位置付けている。これは力を見せつけて相手の譲歩を迫るという米軍の論理そのままである。2022年9月末から10月初旬にかけての原子力空母レーガンの韓国・釜山入港と日本海での日米韓合同演習は、「抑止」どころか、朝鮮(DPRK)の弾道ミサイル連続発射を引き出してしまったことを、深刻に反省すべきではないのか。

「いわば防衛力そのものとしての防衛生産・技術基盤」の項目では、「適正な利益を確保するための新たな利益率の算定方式を導入することで、事業の魅力化を図る」と、「国自身が製造施設等を保有する形態を検討していく」の2つが掲げられている。前者は調達単価の引き上げであるが、後者については別途、法律案が上程されるようである。

多数の部隊を新編する「防衛力整備計画」

「防衛力整備計画」では、まず「自衛隊の体制等」で、「統合運用体制」として、常設の統合司令部の創設、共同の部隊としてサイバー防衛隊を保持、南西地域への機動展開能力を向上させるため、共同の部隊として海上輸送部隊を新編すると明記された。海上自衛隊は掃海隊群の傘下に大型揚陸艦3隻で編成された「第1輸送隊」があるが、

「海上輸送部隊」とは油槽船、中型・小型の輸送艇から構成される部隊で、もっぱら南西諸島(琉球弧)での物資・人員輸送を担当する。米海兵隊の「遠征前進基地作戦」( Expeditionary Advanced Based Operations)-少人数の部隊を多数編成して、島嶼に分散配置し、相手国の攻撃も分散させる作戦-の一翼を担う部隊となる。

さらに、「自衛隊の機動展開や国民保護の実効性を高めるために、平素から各種アセット等の運用を適切に行えるよう、政府全体として、特に南西地域における空港・港湾等を整備・強化する施策に取り組むとともに、既存の空港・港湾等を運用基盤として使用するために必要な措置を講じる」とある。

増強あるいは新編される部隊は下記の通り。

〇陸上自衛隊
沖縄に配備されている第15旅団(約2,500人)を師団に増強
長射程誘導弾部隊を新編
対空電子戦部隊を新編
南西地域に補給支処を新編
〇海上自衛隊
情報基幹部隊を新編
対空型無人機(UAV)、無人水上航走隊(USV)、無人水中航走隊(UUV)を導入するとともに無人機部隊を新編
イージスシステム搭載艦を整備
護衛艦(DDG、DD、FFM)等に12式地対艦誘導弾能力向上型等のスタンド・オフ・ミサイルを搭載
防空中枢艦を増勢する(注3)
洋上における後方支援能力の強化のため補給艦を増勢する
〇航空自衛隊
増強された空中給油・輸送部隊を保持する。別表2に13機。発注済みの6機と合わせると19機。
増強された航空輸送部隊を保持する 別表2に6機。発注済の17機と合わせると23機。
空自作戦基幹情報部隊を新編
将官を指揮官とする宇宙領域専門部隊を新編する。

空中給油と航空輸送能力が重視され、宇宙領域での活動に本格的に取り組むことを強調。

「防衛力の中核である自衛隊員の能力を発揮するための基盤の強化」の項目では、「衛生機能の変革」が重視されている。

「第一線救護に引き続いて実施する緊急外科手術に関して、新たに統合の教育課程を新設し、計画的な要員の育成を図る。さらに、艦艇での洋上外科手術についても上記課程修了者に必要な教育訓練を実施し洋上医療の強化を図る」「戦傷医療における死亡の多くは爆傷、銃創等による失血死であり、これを防ぐためには輸血に使用する血液製剤の確保が極めて重要であることから、自衛隊において血液製剤を自律的に確保・備蓄する態勢の構築について検討する」と、自衛隊員が実際に負傷した時の対策が検討されはじめている。

有事を回避する外交戦略こそ問われている

今回の「安保三文書」で特に問題なのは、敵基地攻撃能力=反撃能力の保有と行使が一貫して追求されていることである。「安保戦略」では、「相手からミサイルによる攻撃がなされた場合、ミサイル防衛網により、飛来するミサイルを防ぎつつ、相手からの更なる武力攻撃を防ぐために、我が国から有効な反撃を相手に加える能力、すなわち反撃能力を保有する必要がある」とし、「武力の行使の三要件を満たして初めて行使」するとしている。しかし、「武力の行使の三要件」については、2014年7月に安倍内閣が従来の「我が国に対する急迫不正の侵害がある」から、「我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」と定義を大きく拡大し、2015年の安保法制によって「存立危機事態」という極めて曖昧な「事態」を法制化しており、既に法的には他国に対する攻撃であっても反撃能力の行使が可能になっている。

今回の安保3文書と防衛予算の倍増によって、日本は中国や朝鮮半島全域に届くミサイルを大量に保有する道を歩み出そうとしている。それは相手国の軍拡をいっそう加速せずにはおかないだろう。それは、日本にとっても中国にとっても、朝鮮(DPRK)にとっても、不幸な道である。

必要なことは対話と外交で解決するための戦略を練ることであり、双方が民衆の福祉向上に力を入れる道を模索することだ。その意味から安保3文書は撤回されるべきであろう。

注1 安保3文書は防衛省HPに掲載されている。
防衛省・自衛隊:「国家安全保障戦略」・「国家防衛戦略」・「防衛力整備計画」 (mod.go.jp)
注2「我が国の防衛と予算(案)~防衛力抜本的強化「元年」予算~令和5年度予算の概要」7p
yosan_20221223.pdf (mod.go.jp)
注3 DDGは、誘導ミサイル搭載護衛艦のことで、イージス艦を指す。「防空中枢艦」も同様である。DDは汎用護衛艦、FFMは機雷戦能力-機雷敷設と掃海能力をもったフリゲート艦。現在、3隻が就役しており、22隻の建造が予定されている。護衛艦隊32隻のうち、ヘリ空母「いずも」「かが」を除く30隻とFFMが長距離攻撃兵器を搭載すると、海上自衛隊は相手国の領土を攻撃可能な艦隊に変貌する。

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