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「2010在日朝鮮人歴史・人権月間」東日本集会in横浜アッピール

2010年8月29日

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 「2010在日朝鮮人歴史・人権月間」東日本集会実行委員会は、日本帝国主義の帝都防衛の要であり、かつまたアジアへの侵略の出撃地とされた、ここ神奈川・横浜につどい、東日本集会を開催しました。私達は日本人と在日朝鮮人が共に在日朝鮮人の過去の歴史を知り、現在の人権状況を考える東日本集会で以下の内容を確認しました。
 第一に、日本による「韓国併合」は、19世紀末の朝鮮領海侵犯、皇后暗殺、軍隊解散、外交権剥奪等、様々な既成事実を基に強行されました。
 とりわけ「1905年条約」により日本は、朝鮮の外交権を奪い統監部を設置し以降、日本の意に沿わない皇帝を退任させ、司法権、警察権を奪い、実質的に日本の占領下としました。
 第二に、1910年「韓国併合条約」は、既に外交権を奪った「1905年条約」を法的に継承した条約であることから「1905年条約」が無効ならば「韓国併合条約」も無効となります。しかし、1965年「韓・日条約」はもちろん、以降、歴代首相は曖昧な「遺憾」と「当時は適法的」等の見解を示してきました。
 第三に、こうした中で国連国際法委員会が「1905年条約」を当初から無効の四つの条約(1)の一つとして取り上げ、「保護条約の受諾を得るために韓国皇帝およびその閣僚に加えられた強制」(1963年年次報告書)(2)とその理由を明記した国連公文書が発見されました。今後、南北朝鮮が日本による朝鮮統治の合法性を国際司法裁判所に提訴するならば、日本の勝訴は難しいと言われています。
 次に同報告書で指摘された、ナチ・ドイツによる条約の強制問題を1973年、西ドイツは、チェコとの国交正常化条約で、ミュンヘン協定は「力による威嚇の基にナチ政府によって強制された」と明確な対応を示しました。これは日本の真摯な対応を促す先例と言えます。
 第四に、過去の歴史的経緯から在日朝鮮人の人権問題を見つめることが今、求められています。「1905年条約」を契機に、他民族支配と大和民族の優越性との動きが前面に出されました。例えば1908年、神戸新聞は次のような特集報道をしています。「今では既に日本の保護国となっている韓国の人民すなわち朝鮮人は、大和民族とは異なった一種独特の性質を有している。その不潔であること、その怠惰であること、その狡獪なること、その屁理屈であること、その薄っ馬鹿であることなどは、たしかに彼らの特有性である。」(1908.8.15『神戸新聞』「丹州氷上の朝鮮村」連載特集)(3)と民族差別を煽動しました。
 故に国連特別報告者ディエン氏は、2006年の報告書で、日本の現状はコリアン・中国人コミュニティーの「差別の歴史的・文化的根深さが日本では認識されていない」(四つ折りリーフレットP1)としたのです。
 第五に、現在、国際的に最も重要な人権課題は人種差別の撤廃です。しかし、日本の現状は深刻です。例えば朝鮮学校に対する「高校無償化」除外問題を国連人種差別撤廃条約委員会が懸念し、本年3月に勧告書に含めましたが、日本政府はこれを無視し、法案を国会に提出・採択しました。他の先進国ではあり得ない重大な人権侵害が日本では政府と国会により公然と為されているのです。
 最後に、「韓国併合」から100年となる現在も、日朝間は国交もない非正常な関係が継続されています。日本政府は、唯一戦後処理が残された被害国、朝鮮民主主義人民共和国と日朝平壌宣言の原則に基づき、国交正常化交渉を再開し、「拉致」と「制裁」一辺倒の外交姿勢を転換すべきです。「韓国併合」100年の歴史的な節目に際し、今こそ日本政府は真摯且つ明確な反省と謝罪を行うべきです。今日、「在日朝鮮人歴史・人権月間」東日本集会に集まった私達は、南北朝鮮との平和と友好の新たな100年を築くために活動の輪をさらに広めていくことを誓い合いました。
  2010年8月29日
         2010「韓国併合」100年 今こそ平和と友好に向けて 在日朝鮮人歴史・人権月間東日本集会

注(1)1963年国連国際法委員会報告書はジュネーブ国連欧州本部で1993年2月に発見された。無効とされた四つの条約とは、a.ポーランド国会に脅迫が加えられた1773年の分割条約、b.1905年条約、c.1915年ハイチの国会議員が米国の軍隊により協定を批准するよう強制された条約、d.1939年ナチ・ドイツがチェコ大統領に条約締結を強制(「日本の責任と被害回復」『統一評論』1996.4) 注(2)戸塚悦郎「乙巳五保護条約の不法性と日本政府の責任」朝鮮人強制連行真相調査団『資料集18』(2005年11月)所収論文。 注(3)朝鮮人強制連行真相調査団編著『朝鮮人強制連行調査の記録-兵庫編』P15.(1993.11.柏書房)(1993.11.柏書房)

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