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戦争犠牲者追悼、平和を誓う集会・誓いの言葉

2012年8月15日

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フォーラム平和・人権・環境代表 江 橋 崇

   本年もまた、第二次世界大戦の終戦の日がやってきました。この戦争で尊い命を奪われたアジア各国の犠牲者のみ魂に追悼の誠を捧げ、残されたご遺族に心よりの慰謝の気持ちを表します。
   第二次大戦の惨禍の記憶の風化が叫ばれるようになって久しいものがあります。かつて日本では、第二次大戦の経験を「原体験」と呼ぶことが多かったと思います。その人にとって決定的な体験で、人生の歩みがそこで止まってしまって前に出られないような気持ち、あるいは、その後に起きていることはすべてその体験を起点としてしか考えることができないような気持ちを伴うもの、それが「原体験」でした。そうした意味での戦争の「原体験」の記憶もまた風化していき、今では、この「原体験」という言葉それ自体さえ死語のようになっていました。
   ところが、昨年3月11日、東日本大震災が起きました。この未曽有の大災害とその後の事故処理のあり様を経験するにつれて、多くの人々は、この災害が決して単なる天災であるだけではなく、それまで営んできた日本社会のひずみが被害を大きく拡大してしまったことを直感的に知ることとなりました。日本社会はどこかが狂っている、自分の生き方はどこかが間違えている。こういう漠然としているけれども強い自責の念が人々を襲いました。そして多くの人が、自分の人生を考え直して生き方を変え、あるいはこれまで黙って従っていた社会のあり方について、誤りを誤りだと声に出して指摘するようになりました。私は、東日本大震災が、今日の日本社会では「原体験」になっていると思います。
   大震災から1年と5カ月たちました。岩手、宮城、福島の3県を中心とする被災地の復興はなお遅れに遅れています。福島第一原子力発電所の被害の回復も思うに任せません。そして人々は、政府が進めている原発の再稼働に不安を感じ、疑問を表明し、行動を始めました。あるいは復興の遅れについて政府の責任を追及し始めています。第二次大戦における「原体験」が戦後の平和運動の起点であったように、東日本大震災における「原体験」が今の人々の社会的な発言や行動の原点になっています。
   今日の日本は、多くの困難に直面しています。周囲の諸国との関係も悪化しています。第二次大戦で犠牲となられた皆さまの思いを背景にして進められてきた日本の対外的な平和と友好の維持も危うくなりつつあります。そうした中で、日米安保条約を基軸とした日本の安全保障のあり方だけが再編され、強められようとしています。しかし、今、日本の人々はこうした問題についても発言を強めています。沖縄の米軍基地の辺野古への移転阻止の声と行動は誰にも止めることはできません。オスプレイの配備への不安と批判の声も高まっています。そこには、これまでの日本の安全保障政策のあり方はどこかが間違えているという漠然としているが根本的な反省の気持ちが込められています。私は、ここにも、東日本大震災以来の「原体験」が映し出されていると思います。
   私は、今、皆さまのみ魂に向けて、反戦と平和の誓いを重ねたいと思います。第二次大戦を原点とする平和の祈りと願いは日々の暮らしの中でいつしか風化したように見えますが、東日本大震災の「原体験」を経て、こうした風化も含めて自分たちの生き方を深く反省して、改めて平和、環境、人権の尊重される社会を築くことを決意する人が増えています。そうした意味で、私は、皆様が残された思いを継承して、平和な東アジアを構築する努力を継続することをお誓い申し上げます。私たちのこの思いをお受け止めくださり、皆様はどうか安らかにお眠りください。

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