声明・申し入れ、2011年

2011年11月16日

憲法理念の実現をめざす第48回大会(護憲大会)閉会総会  大会のまとめ 藤本泰成事務局長

実行委員会事務局長の藤本です。
第48回大会の閉会にあたって、討論のまとめを行いたいと思います。
なお、時間の関係や集約の状況などがございますので、すべての議論に言及できないことをお許し下さい。

2009年の夏、戦後初と言っていい政権交代は、日本経済の行き詰まりの中で、国民自らの選択として成し遂げられたものでした。民主党、社民党、国民新党の3党連立政権は、「生活が第一」とする政権構想の中で、新しい第一歩を歩み出したかに見えました。しかし、普天間問題での躓き、財政再建、消費税問題など極めて厳しい政権運営が続き、国民の失望を買うかのような状況となっています。官僚主導から政治主導へ、米国との対等なパートナーシップと東アジア重視、新しい政権構想は中途のままに埋もれていくかに見えています。

日本は、米国との安全保障条約を基本にした従属的関係の中で、奇跡とも呼ばれる経済成長を遂げてきました。しかし、日本経済は、台頭する中国などの新興国の勢い、急速なグローバル化、そして米国経済の力量の低下、様々な要因からこれまでの力を急速に低下させています。成長政策そのものの見直しと、世界経済の中での新しいスタンスが求められています。戦後長きにわたって政権の座にあった自民党は、新自由主義、新保守主義の下に、これまでの米国との関係を基本に日本経済の再建をめざしました。その手法は、国民生活に依拠することなく、企業の国際競争力を基盤とした市場経済至上主義に基づくき、格差の拡大と地方社会の疲弊をもたらしました。安保体制に基づく日米関係そのものが危機を向かえています。

第六分科会において、ピースデポの湯浅一郎さんは、中国を脅威とし朝鮮半島での南北対立をあおる中で、日米韓の軍事態勢の強化がもくろまれていることを指摘しました。中国海軍の増強策を意識する米国の姿勢は、安全保障のジレンマの中に押し込められることとなっています。
湯浅さんは、「このシナリオの先には終わりのない軍事的対立構造の継続しか見えてこない」と指摘しています。この不幸を、私たちは将来も背負っていくというのでしょうか。EU諸国は、共通の安全保障の下でこのような情勢を払拭していくこととなっています。
米軍再編は、日本のみにとどまらず、世界に広がる米国権益の保護を意識したものであり、世界の平和を維持するなどと言うものでないことは明白です。日本と韓国に配置されている米軍兵力は全世界の4割に達すると聞きました。「軍隊は住民を守らない」というのは沖縄戦の教訓です。日本軍と南に逃げた沖縄県民の悲劇は、みなさんの承知の通りです。

第五分科会で報告された朝鮮人強制連行真相調査団共同代表の原田章弘さんは、ノーベル賞作家大江健三郎さんの「ヒロシマ、ナガサキ、オキナワで、人間として決して『受忍できない』苦しみを人間が被ったこと。それを記憶しつづけ、そして新しい世代に繋げるための正直で勇敢な努力をすることが重要」と言う言葉を引用して、歴史の事実を記憶していくことの重要性を指摘しました。
記憶することを基本にして、二度とその悲劇を繰り返さないためにも、東アジアにおける米軍のプレゼンスを縮小していくことは重要ではないでしょうか。

辺野古に新基地をつくらせないとして、普天間基地の県外移設に反対の声を上げて取り組んでいる沖縄県民の選択は、沖縄戦における県民の塗炭の苦しみの記憶から生まれてきた、正直で勇敢な、真実の要求なのだと思います。
シンポジウムに参加いただいた沖縄県議会副議長の玉城良和さんは、普天間問題に関して、沖縄を説得する日本政府を非難し、「アメリカを説得すべきである」としました。「日本のすべての自治体が普天間の代替を受け入れる意志がないということは、日米安保体制自体が崩壊していることだ」という指摘は重要です。米国内においても、米軍の世界展開は財政上多大な負担を強いているにもかかわらず、どこからも歓迎・評価されないという否定的な声が起こりつつあります。

私たちは今、このまま米国の言いなりになり、世界中の憎悪をかぶりながら、黄昏を迎えていく覚悟を決めるのか、新しいアジア諸国との友好の絆を紡いで、新しい日本の将来を切り開いていくのかの、極めて重要な選択を迫られています。
植民地政策と侵略戦争を日本が真摯に反省し、その被害に対する補償を加害の責任としてしっかりと果たしていくこと、原田さんは、「そのことがアジアに信頼される前提となる、アジアの中の被害者の心に寄り添うことが大切だ」と話されました。敗戦から66年を経た今年、日本企業の136社が、「戦犯企業」として韓国の公共入札から排除されているという事実を、私たちはどのように聞けばいいのでしょうか。日韓の文化交流が、草の根で進む中で、日本の政治家は、アジア蔑視の呪縛を自ら解いて行かなくては、何も始まることはないでしょう。

琉球大学の高島伸欣名誉教授は、侵略戦争を美化し、アジア解放の日本軍と、歴史事実を歪曲し、アジア諸国から大きな批判を買っている「育鵬社版歴史・公民教科書」の採択が、「日本会議」の強力な支援体制の下にあることを指摘しました。「日本会議」を構成する自民党を中心とした国会議員や経済界の実力者と言われるものたちが、このような狭隘なナショナリズムを振りかざして暗躍している事実、このことが日本の将来にとってどのような利益があるのでしょうか。アジア諸国との反発を生み、将来に世界で活躍するであろう子どもたちに世界で通用しない歴史観を押しつける愚を、許してはなりません。

これまでの日本の基本的政策が、基地問題を中心とした安全保障政策や原子力発電所を中心にしたエネルギー政策や、根幹に関わる政策が、市民の意見反映なく続けられてきました。基調提起の中で、そのことが政治の闇をつくり日本の民主主義を後退させてきたことを指摘しました。そのような市民の声が届かない中で、原子力政策は、狭い日本に54基の原発をつくり出し、結果として福島第一原発の取り返しのつかない事故を起こしたのです。すべての問題を、フェアに真摯に、市民社会の課題として議論することを確立しなくては、社会の進歩はあり得ません。そのことを、「3月11日」が示しているのだと考えます。

私たちは、本大会のテーマを「震災から考える『人間の安全保障』で『生命の尊厳』を」としました。江橋崇代表は、東日本大震災を、「社会のあり方、自らの生き方を問い直させるもの」とし、憲法理念の実現に重要な課題であるとしました。震災によって、原発事故によって、命を失い、生活の基盤を失った人々に対して、政治は何をすべきなのか、憲法の規定する「生存権」をめぐって課題は大きいと言えます。

宮城県石巻で水産加工工場を経営していた高橋英雄さんは、被災の場に足を運び「2万人もの人が死んだという事実を、感じて欲しい」そして、「がんばってという心からの応援の言葉がうれしい」と発言されました。ボランティアでやってくる若い世代との会話を通じて、人と人が切り離されている社会の中で、多くの若者が悩み苦しんでいることを理解した。その若者が、被災地にあって色々な優しさに出会う、「人の痛みを知る人間になれた」と話す。一人ひとりの関係性が、いかに重要なことなのか、苦しい体験の中から話されました。

福島の生協で活動する橋本拓子さんは、子どもたちの当たり前の日常が失われたことを指摘し、「子どもたちは中で遊ぶことにすっかりとなれました」という言葉に、恐ろしさを感じていると素直な感情を吐露しました。多くの仲間が福島を離れたが、しかし、仕事や住宅ローン、受け継いできた田畑、子どもたちの友情、多くの要素が転居の障害になって、そこで暮らすことの選択を余儀なくされている人がいる。放射能に対するそれぞれの考えの違いから、地域社会の人間関係がぎくしゃくするという問題も指摘されました。
原発の問題を学べば学ぶほど、だまされ続けてきたことに憤る。福島県民の多くの方の感情に違いありません。

福島で学ぶ子どもたちの現状を報告した福島県教組の角田政志さんによって、事故によって憲法が規定する「教育を受ける権利」「教育の機会均等」が奪われていく実態が明らかになりました。
事故原発20km圏内の小・中・高校、特別支援学校32校が閉鎖され、子どもたちはスクールバスで遠距離通学を余儀なくされ、一つの学校に6校が間借りするなど極めて劣悪な条件の中で学んでいます。放射能の影響で外で活動できない状況も続きます。地震や津波の恐怖、肉親を失うなどの悲しみの中で、心のケアが必要な子どもたちには、大きなストレスを抱えています。特別支援学校の生徒が、仮設住宅への転居などで転校を希望しても、入学定員などの問題から転校を拒否される事態も起こっています。弱い立場の子どもたちが、事故によって「教育を受ける権利」を奪われている実態があります。

また、高校進学を決定する時期に至っても、被災地の高校が他校を借りて授業を進めている中で、高校の入学者定数も決めかねる状況が続いています。また、避難生活の今後や、両親の仕事、福島県の将来など不確定要因の多い中で、結果として、子どもたちも進路を決めかねる事態があります。9月1日の文科省の統計では、11,918人が他県に転校しています。福島の教育が絶壁を前にして立ち往生する中、厳しい条件で必死に働いている教職員の実態もあきらかにされました。

子どもたちの教育問題は、長期的視点で考えられるべきものではありません。日々成長する子どもを、時間は待っていてくれません。教育の機会が失われるならば、そのことを埋めることはできないのです。
政治がやるべきことは、そこにある。被災の現場に山ほどやらねばならないことがある。石巻の高橋さんが指摘するように、被災の場に足を運んで、被災者と膝をあわせて、話し合う中で、人の痛みが分かる政治が生まれてくるに違いないのです。

第一分科会で、東北大学の長谷川公一教授や気候ネットワークの桃井貴子さんから、脱原発社会に向けた新しい再生可能なエネルギーの可能性について語られました。
「再生可能エネルギー施設の建設は、地域経済再生と震災復興の可能性の鍵となる」この長谷川さんの提起は、原発に依存した地方経済への新しいビジョンとして重要です。運動交流の場で福井県代表が述べた「原発で飯食ってるんだ、脱原発で俺の生活はどうしてくれる」との地域社会の声に、運動がきちんとしたビジョンを示してきたのかは疑問です。地域の経済の切実な声に、私たちも真摯に向き合う必要があります。

私たちは、原発の嘘を明らかにして行かなくてはなりません。電力は不足するのか、原子力は地球温暖化に効果があるのか、電力料金は適正なのか、問題は山積しています。石破茂自民党政調会長は、ある雑誌で「核燃料サイクルシステム、プルトニウム利用政策は核抑止力」との発言をしました。全く行き詰まった「核燃サイクルシステム計画」を堅持するのはそのような理由からなのか、長谷川さんは、六ヶ所の再処理をやめる政治的条件は、「核武装の潜在能力を担保することを明確に断念すること」と指摘されました。核兵器廃絶の運動の先頭に立とうとしてきた日本は、このことをどのように受け止めるのか、明確な政府の判断を求めたいと思います。

脱原発が社会を変える、基調提起でそう述べました。そのことを確信して、運動を進めていく必要があります。社会は、変わりつつあります。しかし、私たちは待つことはできません。私たちの力で変えていかなくてはなりません。
福島の子どもたちが、七夕の短冊に託した願い「放射能がなくなりますように」
子どもたちの将来のために、本当に、脱原発を実現しましょう。脱基地を実現しましょう。そして憲法理念を実現しましょう!そして、「一人ひとりの命に寄り添う社会」を実現しましょう。
来年の第49回大会は、山口県で開催することとなりました。また1年間、全国各地でがんばることを皆で確認し、三日間の真摯な議論に感謝申し上げて、本大会のまとめとします。ありがとうございました。

 

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