敵基地攻撃能力

2020年11月30日

必要なのは敵基地攻撃能力保有ではなく、北東アジア非核兵器地帯構想だ

湯浅 一郎

急浮上した敵基地攻撃能力の保有問題

9月16日、安倍首相の病気を理由にして後継総裁選挙の結果、菅政権が誕生した。菅首相は、安倍政権を引き継ぐことを基本にして、学術会議の任命者のうち6人を政府が拒否し、一向に撤回しないことに示されているように陰湿な政治を進めようとしている。そうした中で、自民党内から安倍首相の退任直前に敵基地攻撃能力の保有に関する議論がにわかに浮上した。

話のきっかけは、20年6月24日、日本政府が、国家安全保障会議(NSC)において、山口・秋田両県への地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」配備計画の断念を決定したことに始まる。この決定を受け、イージス・アショアの代替策として「敵基地攻撃能力の保有を求める」議論が自民党内に沸き起こった。8月4日、自民党政務調査会は、「国民を守るための抑止力向上に関する提言」(注1)をまとめ、安倍首相に提出した。提言は、弾道ミサイルによる攻撃を防ぐため、「相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力の保有を含めて、抑止力を向上させるための新たな取り組みが必要である」とした。敵基地攻撃能力という言葉こそ使っていないが、敵基地の攻撃を含む能力の保有を検討すべきだとしている。

しかし、この議論は今に始まった話ではない。自民党政務調査会が、2017年3月、「弾道ミサイル防衛の迅速かつ抜本的な強化に関する提言」(注2)で「北朝鮮の脅威が新たな段階に突入した今、……巡航ミサイルをはじめ、我が国としての『敵基地反撃能力』を保有すべく、政府において直ちに検討を開始すること」と述べていた。2018年防衛計画大綱とともに策定された中期防衛力整備計画には、相手の脅威が及ぶ距離の外から対処できるスタンド・オフ・ミサイルの導入が盛り込まれた。具体的には空自戦闘機F-15等に搭載するLRASMおよびJASSM、F-35Aに搭載するJSM(注3)が想定されていた。しかし、F-15へのJASSM搭載には、F15の機体改修が必要で、2019年度予算に2機分として機体改修費108億円がついている(注4)。これは、従来のF15購入に当たっては専守防衛の立場からスタンド・オフ・ミサイルなどを搭載できない形がとられていたことを意味する。これらのミサイルを搭載した戦闘機は、装備としては敵基地攻撃能力を持つことになる。しかし2018年防衛計画大綱では、スタンド・オフ・ミサイルの使用目的について、日本の島嶼部などへの侵攻を試みる艦艇や上陸部隊等に対しての使用を述べるに留まり、敵基地攻撃については述べていない。

これに対して、今回の自民党提言は、攻撃対象を敵国領域内のミサイルに関連する固定施設とするなどの方針を明確にしようとしている。提言は「憲法の範囲内で、国際法を遵守しつつ、専守防衛の考え方の下」としてはいるが、装備のみならず、政策や教義、運用において専守防衛を切り崩す意図が働いている。8月の提言を受け政府は、年内にもミサイル防衛体制の強化などを含む国家安全保障戦略の改定をもくろんでいる。

自民党および日本政府によるこれらの動きは、2016年から17年にかけて北朝鮮がミサイル・核実験を繰り返したことを理由としていた。2017年の自民党提言は、「北朝鮮による核実験及びミサイル発射は深刻な脅威であり、昨年の2度の核実験及び23発の弾道ミサイル発射……等、北朝鮮の挑発行為は我が国が到底看過できないレベルに達している」と述べている。その上で、それへの対処として以下の3点の検討を求めた。

  1. 弾道ミサイル防衛能力強化のための新規アセットの導入
  2. わが国独自の敵基地反撃能力の保有
  3. 排他的経済水域に飛来する弾道ミサイルへの対処

要求された1項の中心が、言うまでもなくイージス・アショアの導入によるミサイル迎撃体制の強化であった。したがって、それを断念した以上、代替として2項の「敵基地反撃能力の保有」論が強力に押し出されることは、ある意味で必然の経過と言ってよい。実際には、提言に「中国等の更なる国力の伸長等によるパワーバランスの変化が加速化・複雑化し、既存の秩序をめぐる不確実性が増している」と触れているように、中国を念頭においた軍事力強化の一環であるという側面もある。

この自民党提言には、2018年に始まった朝鮮半島をめぐる大きな情勢の変化への視点が根本的に欠けている。南北、米朝首脳会談を通じて朝鮮半島の非核化と平和を、外交により実現しようとする歴史的な動きが始まっている。残念ながら交渉は膠着状態が続き、米政権の交替でシンガポール米朝共同声明の位置づけがどうなるのか未知の側面はあるが、停滞を打開して米朝協議を再び動かすために、新しい政治的なモメンタムを作ることが求められている。そのなかで日本の役割は何か、と考えることこそ、日本の地域安全保障政策でなければならない。

このようなときに日本が敵基地攻撃能力の保有に走ることは、2018年に始まったプロセスから日本を一層遠ざけることしかもたらさない。それは日朝の対話の機会をいっそう困難にすることは必至である。

菅首相は、20年10月26日の臨時国会での所信表明演説で、「拉致問題は、引き続き、政権の最重要課題です。全ての拉致被害者の一日も早い帰国実現に向け、全力を尽くします。私自身、条件を付けずに金正恩委員長と直接向き合う決意です。」とした。これは、安倍首相の方針と同じであるが、具体的なロードマップは何も示されていない。仮に「条件を付けずに金正恩委員長と直接向き合う」ことを優先するのであれば、相互の信頼醸成と敵視政策をやめねばならないが、一方で、政府として北朝鮮を念頭に敵基地攻撃能力の保有を検討していて、どのように対話の場を設定するというのであろうか。全く矛盾したことを平然と言い放っている。

今こそ北東アジア非核兵器地帯構想を打ち出すとき

この機に必要なことは、非核三原則や専守防衛という戦後日本に定着してきた平和理念を基礎に、朝鮮半島の非核化と平和の動きに合流する姿勢を示すことであろう。そう考えると、具体的には、北東アジア全域の非核兵器地帯化という構想が、現実味を帯びた政策案として浮上するはずである。

これまでにこの地域の政府が同地帯を提唱したことはないが、冷戦終結後、多くの研究者やNGOがさまざまな構想を提案してきた(注5)。梅林宏道が「スリー・プラス・スリー」構想――日本、韓国および朝鮮民主主義人民共和国(DPRK、北朝鮮)が非核兵器地帯を形成し、これに対し周辺の核兵器国である米国、中国、ロシアが消極的安全保証を供与するような6か国条約を作るという構想――を提案したが(注6)、それが分かりやすい構想として、広く知られている。

日本の市民社会には北東アジア非核兵器地帯の設立を支持する広範な世論が培われてきた。具体的スキームを含む北東アジア非核兵器地帯の構想が、日本のメディアに登場したのは、おそらく1995年6月の『朝日新聞』によるエンディコット・グループの研究を紹介する記事(注7)が最初であろう。そこには、朝鮮半島と日本列島をカバーする円形や楕円形の地帯案が紹介されていた。それ以後、日本のメディアには、梅林の「スリー・プラス・スリー」案や金子熊夫・外務省初代原子力課長の別の円形案などの提案を含め、北東アジア非核兵器地帯設立を促す記事や論説が、数多く、また繰り返し登場した。

地方自治体においても、北東アジア非核兵器地帯の設立を支持する声が幅広く存在している。長崎市長が会長を務める日本非核宣言自治体協議会(以下、非核協)(注8)は、2009年に北東アジア非核兵器地帯を支持するキャンペーンを開始した。非核協と平和市長会議の協力によって、ピースデポなど市民団体が呼びかけた「北東アジアの非核兵器地帯化を支持します」という声明に、日本の自治体首長の546名が署名するにいたった(2016年末現在)。

毎年8月6日と9日に出される広島、長崎市長による平和宣言は、日本政府に対して、北東アジア非核兵器地帯の設立を検討するようしばしば要請してきた。例えば長崎市長は、2018年の平和宣言で米朝協議が始まった新たな情勢を受け以下のように訴えている。

「南北首脳による『板門店宣言』や初めての米朝首脳会談を起点として、粘り強い外交によって、後戻りすることのない非核化が実現することを、被爆地は大きな期待を持って見守っています。日本政府には、この絶好の機会を生かし、日本と朝鮮半島全体を非核化する『北東アジア非核兵器地帯』の実現に向けた努力を求めます。」

宗教者の間に広がる支持の動きも見ておくべきであろう。2016年2月、4人の宗派横断的な宗教指導者が呼びかけ人となり、「私たち日本の宗教者は、日本が『核の傘』依存を止め、北東アジア非核兵器地帯の設立に向かうことを求めます」と題する声明(注9)を発表し、日本政府に政策検討を要請した。

このような市民社会における関心の高まりが、政府の政策にほとんど反映されないことは、日本の民主主義の深刻な欠点である。しかし、少なくとも外務省の政策検討プロセスにおいて、北東アジア非核兵器地帯に関する認識に変化をもたらした。外務省が2002年から刊行している「日本の軍縮・不拡散外交」では、2008年発行の第4版まで、世界に存在する非核兵器地帯に触れながらも北東アジア非核兵器地帯構想には一言もなかった。それが、2011年の第5版が「日本を含む北東アジア非核兵器地帯を設立する計画については、……北朝鮮の核問題を解決するための努力が最初になされるべきと考えている」と構想の存在を初めて認めた。2013年の第6版では「近年、日本、韓国及び北朝鮮が非核兵器地帯となり、これに米国、中国、ロシアが消極的安全保証を供与する3+3構想が、一定の注目を集めている」と初めて「3+3」構想に言及した(注10)。とはいえ、「(北東アジア地域においては)非核兵器地帯構想の実現のための現実的な環境はいまだ整っているとは言えない。…まずは北朝鮮の核放棄の実現に向け、努力する必要がある」と否定的な態度をとっている。しかし、2018年にその「現実的な環境」が大きく変わったはずなのである。

いずれにせよ、この時期に、「敵地攻撃能力の保有」を持ち出すことは政治的な大きな誤りである。冒頭で述べたように、敵地攻撃論は、北朝鮮の核・ミサイル開発に対する対抗構想として登場し、論じられてきた。米朝交渉が行き詰まる中で、2019年5月以来、北朝鮮の短距離ミサイルの実験が繰り返され、日本にとって脅威の状況は変わっていないという議論があるかも知れない。しかし、米朝、南北の対話の再開があれば、日朝をとりまく環境だけが悪いまま不変であるという議論は成り立たない。むしろ、現在は行き詰まっている対話の再開について、日本が果たすべき役割を検討することが、ミサイルの脅威を減じる現実的な道である。そのことによって拉致問題を含め、日朝間に存在する諸懸案の解決に向かって、新しい展望も開けると考えられる。菅首相が言う「日朝平壌宣言に基づき、拉致・核・ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して、北朝鮮との国交正常化を目指します」を実践すべき時だ。政府は、市民社会に蓄積されている北東アジア非核兵器地帯の設立を支持する世論を、今こそ行き詰まり打開のために活かすべきである。

  • 注1 自由民主党政務調査会「国民を守るための抑止力向上に関する提言」(2020年8月4日)。
    https://jimin.jp-east-2.storage.api.nifcloud.com/pdf/news/policy/200442_1.pdf
  • 注2 自由民主党政務調査会「弾道ミサイル防衛の迅速かつ抜本的な強化に関する提言」(2017年3月31日)。
    https://jimin.jp-east-2.storage.api.nifcloud.com/pdf/news/policy/134586_1.pdf
  • 注3 JSM=Joint Strike Missileの略称。対艦/対地/巡航ミサイル。JASSM=Joint Air-to-Surface Standoff Missileの略称。長距離空対地巡航ミサイル。LRASM=Long Range Anti-Ship Missileの略称。長距離対艦巡航ミサイル。
  • 注4 『朝日新聞』2020年11月20日。
  • 注5 長崎大学核兵器廃絶研究センター「提言:北東アジア非核兵器地帯設立への包括的アプローチ」所収ボックス3「北東アジア非核兵器地帯への諸提案」参照。
    http://naosite.lb.nagasaki-u.ac.jp/dspace/bitstream/10069/35475/1/Proposal_J_original.pdf
  • 注6 北東アジア非核兵器地帯に関する包括的な解説として、梅林宏道「非核兵器地帯」(岩波書店、2011年)がある。
  • 注7 『朝日新聞』1995年6月13日。
  • 注8 非核宣言自治体が宣言実現のための自治体間協力を目的として1984年に設立した。2020年4月現在、342地方自治体で構成。
  • 注9 4人の呼びかけ人は、小橋孝一(日本キリスト教協議会議長)、杉谷義純(元天台宗宗務総長、世界宗教者平和会議軍縮安全保障常設委員会委員長)、高見三明(カトリック長崎大司教区大司教)、山崎龍明(浄土真宗本願寺派僧侶)。肩書はいずれも当時のもの。
  • 注10 外務省「日本の軍縮・不拡散外交」(第6版)(2013年3月)、p.42。
    https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/gun_hakusho/2013/pdfs/zenbun.pdf

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