第46回護憲大会 フィールドワーク「信州上田・人権と不戦の誓いツアー」報告     2009年11月02日
   人権と不戦の誓いツアーは、参加者が44人で朝8時30分長野駅東口をバスで出発。紅葉の始まった川中島古戦場を左に見ながら進み、千曲川を渡り、「無言館」「長福寺」「信州農村開発史研究所」へ。戦没画学生慰霊美術館の「無言館」見学と館主窪島誠一郎さんの講演、長福寺の被差別戒名墓碑視察、信州農村開発史研究所訪問と主任研究員の齋藤洋一さんの講演という日程でした。

無言館の視察と館主の講演
   まず上田市にある雑木林の小高い丘にたたずむ「無言館」を訪問。無言館とは、1996 年『信州デッサン館』の別館として開館した美術館で、太平洋戦争中、志半ばで戦場に散った画学生たちの残した約300 余店の絵画や作品、イーゼン等の愛用品を収蔵、展示しています。戦争で無念にも命を落とした若き画家たちの生きた「証」でもある絵をじっくり鑑賞しました。戦地に散った若い命が残していった絵画・彫塑が語りかけてきます。戦争が奪った多くの才能、家族の絆。非戦の庭の石碑には「一枚の絵を守ることは『愛』と『平和』を守るということ」と刻まれていました。
 窪島誠一郎・無言館館主は「『無言館』のこと」と題しての講演で「当館は反戦・平和の美術館と言われる。訪れた人びとは戦争と歴史と対話しているが、本当に画学生と対話しているか」「日常の愛する人びと、物を描くなかに本当の平和がある。画学生たちの絵はその生存の記録」「絵の存在が愛であり平和の証、戦後私たちが失ってきたものを伝えている。私たちは生きてきた命の感動、他者の命に伝えていく義務がある」と「生きていたいという画学生の叫びが聞こえてくる。己が生きることを考える場所であってほしい」と力を込めて訴えられ、平和と命の尊さを参加者全員で心に刻みました。
 館主の窪島誠一郎さんは、長野県東御市に住んだ作家、故・水上勉さんの息子で画家。私財を投じて運営している無言館の作品は、1994年から2年をかけ館主自ら日本各地の戦没画学生の遺族のもとを訪れ収集したもの。2008年から第2展示館もオープンされました。

被差別戒名墓碑視察
   マツタケご飯の昼食を挟んで、上田市丸子の「長福寺」へ。被差別戒名が刻まれた墓碑が並ぶ場を視察し、説明を受けました。かつて被差別部落民が死亡した際、文字の読み書きができないことにつけ込んで、戒名に被差別部落民の墓だと分かる特定の文字や形式を用いられていたとのこと。戦後には、寺の敷地内に侵入して、ある人物の先祖の戒名を探り、出自を調べるという差別事件が起きたこともあり、寺の一角に建つ墓碑は、生前のみならず亡くなったあともなお厳しい差別を受けた歴史を物語っており、人権確立を訴える慟哭が聞こえてくるようでした。

信州農村開発史研究所訪問
   「信州農村開発史研究所」は佐久市にあり、浅間山のすそ野に広がる水田を見下ろす位置に建っていました。銘柄米『五郎兵衛米』の産地、佐久市浅科の五郎兵衛記念館には江戸時代に賎視され、不当に差別されてきた人々に関する2万点にも及ぶ古文書が残されています。信州農村開発史研究所は、こうした被差別部落の人々の歴史や当地区(旧五郎兵衛新田村)の歴史研究を主眼に1980年に設立。以降、当地区ばかりでなく、広く信州の被差別部落や民衆の歴史を研究するセンター的役割を果たしています。なぜ、その土地の人びとが部落の歴史を知りたいとの思いを強くしたのかという発端は、蔑称語による被産別部落の人びと全体に対する攻撃でした。斎藤洋一さんは、講演で、誇りうる被差別部落の歴史を紹介しながら「部落差別問題は、部落の人たちの問題でなく、差別する側、被差別部落でない人たちの問題」と話されました。
 現地ガイドのみなさんは、参加者に飽きさせないどころか、いっしょに学びを深める姿勢で関わり感動を与える充実したフィールドワークでした。

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