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憲法理念の実現をめざす第53回大会(護憲大会)分科会報告

2016年11月14日

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第1分科会 非核・平和・安全保障

第1分科会は、「非核・平和・安全保障」をテーマとして、半田滋さん(東京新聞論説委員・編集委員)と大城渡さん(名桜大学上級准教授)を問題提起・助言者に迎え、開催された。

運営委員から初めての参加者の挙手を求めたところおよそ3分の1の参加者の手が挙がり、新鮮味と取り組みの広がりを感じながら講師の報告に入った。

まず、半田さんから「安全保障関連法施行による自衛隊の変化」と題し、これまで自衛隊の海外派遣が強行採決から14回目の派遣となり、そのうちPKOは13回を数え、今回の南スーダンにおけるPKOが開始されるにあたって、国内での訓練の公開の報告がされた。2012年に半田さんが現地を視察した時は武器を持っている隊員はいなかったが、今回の訓練は武器を持った隊員が警護していた。しかし訓練は、銃を撃つ場面は公開されなかったが、実際には前日に稲田防衛相に公開していると報告があった。

そして、今回派遣される南スーダンはスーダンから独立した世界で一番新しい国で、石油のみが産業を支え、その利権をめぐって大統領派と副大統領派による武力衝突が起きた。副大統領は解任され、国外へ脱出しているが、取材に対して「戦闘が起きている」「標的になる」との発言をしているが、日本政府は戦闘ではなく衝突と誤魔化し、治安情勢は厳しく「避難勧告」を出しながらも、稲田防衛相は危険地帯を視察せずに安全と決めつけPKOを推し進めようとしている。国連は7月の武力衝突後、4000人規模の治安部隊を追加派遣。PKO部隊が敵視され、攻撃を受けることも。

そもそもこの安保関連法自体が合憲なのか、すべての法案の具体的議論がなく、改正PKO法に関しては全く議論がされていない。今回の法改正で新たに加わったのが、宿営地の防衛と駆けつけ警護。

以前、守るのはNGOと言っていた。現在避難勧告で日本人はいない。居ても国連職員としての日本人などの少数。駆けつけ警護は行う必要性がないから大丈夫と判断しているのか。

このPKOに参加しているのは途上国ばかりで、先進国では日本のみ。今まで日本政府がPKOを撤退させたのは民主党政権時のゴラン高原派遣のみ。と報告。

次に大城さんから「外交・安全保障権限と地方自治の緊張関係とその調整」外交や安全保障は国の専権(専管)事項か?と題して報告を受けた。

まず、沖縄からの問題提起として、2013年当時の仲井眞知事が辺野古埋め立てを承認して以降主要な選挙は辺野古新基地反対の候補が当選している。このような選挙結果でも「沖縄に寄り添う」と語る政府は民意を全く顧みていない。また、2015年翁長知事が辺野古基地建設拒絶の意向を正式に伝えたが、その10日後には安倍首相はオバマ大統領との会談で辺野古新基地建設推進を確認する合意を行った。

地域づくりや住民生活に関わる「地方自治」(民意)と、国(政府)の「外交・安全保障権限」が衝突した場合、憲法上どのような調整が図られるべきか。」「外交や安全保障については、国(政府)の専権(専管)事項である。(から、地方が国(政府)の決定に異論をはさむことはできない)」という趣旨の言説が見られる。この言説の当否について「専権」と「専管」の意味の違いを検証。「専権」とは「権力をほしいままにすること。思うままに権力をふるうこと」、「専管」とは「一手に管理すること」とされており、恣意的な権力の行使を抑制することに主眼がある立憲主義の観点に基づけば、国の専権事項を安易に認めることは慎まなければならない。専権事項の容認・拡大は専制政治をもたらす危険を高める。

憲法上、法律を制定する権限は国会の「専管」事項であり、「専権」事項ではない。

国の(政府)の外交・安全保障権限は憲法73条により外交権限が、授権されているが過去の政府の行為(外交政策の失敗)が戦争の惨禍をもたらした一因にもなった歴史を反省して、政府の外交権限も厳しい制約を受ける。

地方自治の保障として、仮に国の外交・安全保障権限が地方自治に当然優越するなら、憲法上の地方自治の保障は形骸化してしまう。

外交・安全保障権限と地方自治の緊張関係とその調整は、沖縄の実態として長年地方自治が劣位におかれていた。しかし、地元紙は安倍・オバマ合意は「沖縄の民意に反し、政府が外交の場でも自らの立場に固執し、辺野古推進の合意に至ったことは、政府による外交権限の乱用であり、沖縄の自治権を侵害し、明白な違憲である。」と端的に論じた。と締めくくった。

参加者からの質問意見・報告には全国一般、長崎、石川、青森、宮崎、富山の9名から、南スーダンにおけるPKO活動への疑問、新アメリカ大統領移行による変化、各地の取り組みの報告がされ、半田さん・大城さんから回答、説明を受け、最後に半田さんから「警鐘を鳴らす愚直な行動で周りに広げる運動と政治家との結びつきが必要」と感想をいただき、分科会を終了した。

 

第2分科会 地球環境―脱原発に向けて―

第2分科会では、はじめに問題提起・助言者である原子力資料情報室の伴英幸さんより「原子力政策の動向と今後の課題」として提起を受けた。

伴さんは始めに「原子力と憲法」という切り口で、原子力政策が憲法の様々な条項に反していることを指摘、特に福島第一原発事故以降の状況は平和的生存権の侵害に当たることや、また、幸福追求権や公務員の賠償責任など、憲法で規定された多くの条項に違反すると指摘された。

続いて核燃料サイクルの状況と問題点について、高速増殖炉「もんじゅ」が、原子力規制委員会の勧告を受け、政府が「廃炉を含め抜本的見直し」せざるを得ない状況にあること、日本とフランス以外は核燃料サイクルを行っていないことなど、すでに核燃料サイクルは破綻しており、再処理継続の意義は完全に失われていることなどについて指摘された。

しかし、このような状況にもかかわらず日本は核燃料サイクルを継続するとしており、電力会社が再処理から撤退したくてもできない構造が作られていることなどが話され、最後に再稼動問題と国民負担について触れられ、原発の稼働や廃炉にかかる様々な負担を、国民に押し付けることを許してはならないと述べられた。

その後、会場より6名の方から様々な視点からの質問や意見が出された。

現状の原発政策に対する質問や、今後廃炉を進めるにあたっての問題点、自然エネルギーへの転換が進まないことや、柏崎における市長選挙への協力の呼びかけなどの発言が出され、伴さんから質問等に答えていただきながら会場全体で課題を共有した。

続いて各地からの報告として、福井県より、「もんじゅ」の廃炉に向けた動きについて話された。これまでの取り組みの報告や「もんじゅ」の危険性について触れられ、「廃炉に向けた動きは歓迎するが、まだまだ困難が多い、次世代のために住みやすい社会を作るために努力したい」と決意が示された。

北海道からは、高レベル放射性廃棄物の処分場問題について話された。北海道の幌延では「幌延地層研究センター」がつくられ、核抜き条例などが制定される中で受け入れざるを得なかった経過や、今後全国で最終処分場問題が浮上することは明白であり、北海道だけの問題ではなく、「最終処分場適地」は全国でも7割ほどが該当する可能性に触れられ、核のゴミは動かさないことを前提に、原発の稼働を止めて新たな核のゴミを発生させないことが重要であることが訴えられた。

福島県からは、原発事故から5年8カ月が経過し、原発事故の「記憶の風化」が進んでいるなどと言われているが、福島県民にしてみれば、日々の生活が原発事故を引きずっており、失われた人権が回復していないとの訴えがあった。

進まない除染や除染廃棄物の問題や、小児甲状腺癌について、国が原発事故との因果関係を認めていない現状について、一歩ずつ国に責任を迫っていくとの決意、そして帰還の問題では賠償・補償の打ち切りとセットになっているなどの酷い政策についてもこれを改めさせ、国・東電に被災者の生活再建の保障をさせるよう働きかけていくなどの報告が行われ、最後に、福島第二原発が再稼働できるまでに復旧している。しかし福島第二原発の廃炉をめざすとの強い決意が述べられた。

石川県からは志賀原発の現状と裁判の状況について話された。志賀原発は次々とトラブルを起こし、2011年3月11日から現在まで停止している。かつては地裁で運転差し止めの判決が出されたこともあったが、2010年11月に最高裁で敗訴した。このような厳しい状況の中で3.11をむかえ、改めて1、2号機の運転差し止めの裁判を行っている。この裁判は勝つのは間違いないと確信しているが、北陸電力は裁判引き延ばしを行い、規制委員会の判断を待つ姿勢に徹している都の報告があり、裁判とともに志賀原発の廃炉に向けて努力を続けていくことが述べられた。

鹿児島県からは署名の協力への呼びかけとともに、県知事選について報告された。

知事選では約84,000票差で勝ったが、原発立地自治体である薩摩川内市でも37票差で三反園知事が得票数を上まわったことが非常に大きい。これはこれまでの再稼働反対の取り組みの成果とともに、4月の熊本地震で原発は危険だという意識が拡がったことがある。

しかし、県議会では自民党が過半数を占めており、厳しい状況もある。引き続き1号機再稼働をさせない取り組みを続けていくことが話された。

以上の報告を受け、助言者の伴さんより、高レベル放射性廃棄物の地層処分への批判、脱原発を掲げて当選した首長をサポートする運動の重要性、全国各地での原発運転停止を求めた裁判の力強い取り組みについて感想が述べられ、これまで原発に依存してきた地域経済を、私たち自ら「後始末」をどうしていくのか提起していかなければならないそうした時期に来ているとの提起を受け、最後に佐藤運営委員のまとめとして「原子力が憲法違反であるとの提起を受け、福島の現状がまさに憲法違反の状況がある。福島第一原発事故の記憶が風化しているとの提起は、自分自身が少し感じている。自らの組織に戻って多くの仲間に伝えたい。安倍政権がある限り原発は推進されている。いつ行われるか解らないが衆院選の取り組みが重要。」として分科会を閉じた。

 

第3分科会 歴史認識と戦後補償

第3分科会では、まず、問題提起・助言者の上杉總さんが自身で作成したレジュメ「日本会議と憲法改正」にそってお話をされた。

改憲の推進勢力である日本会議が徹底的な秘密主義の下でいかなる団体かがよくわからなかった。「日本会議の研究」(扶桑社刊)は15万3000部も売れ、日本会議の正体を解きほぐす端緒となった。この若いジャーナリストの菅野完さんや青木理さんの活躍でようやく右派的「空気」を暴露して憲法改正運動を低調にさせ、カルト的宗教団体が運動の中心的な担い手であることを知らしめた。

加えて、日本会議国会議員懇談会には約290人の国会議員が入会しているが、アクティブなメンバーが限られて大方の人は義理で入会し一年間1万円の会費を払っているだけであること、神社本庁は各々神社があるだけで各々が政治活動を簡単にはできないこと、戦前から軍人が脈々と活動を続けていることを踏まえて、日本会議や神社本庁に対する誤解や過大評価されていたことがわかった。

日本国憲法は押しつけ憲法という人々がいるが、「日米合作の憲法」であった。日本国民が普通選挙で選んだ国会議員がGHQ案をもとに憲法改正案として国会に提出した。衆議院で修正し連合国極東員会の意見をとり入れて貴族院、枢密院で可決成立した。日米が中心になって共同して作り上げたのが現行日本国憲法です。

大阪市の教科書採択については教科書展示場のアンケートの比重が高いことを知って、育鵬社と日本教育再生機構(日本会議)がフジ住宅を唆し組織的なアンケート運動を展開した。この不正採択をめぐって、大阪市議会では第三者員会の設置が決議され、調査が開始された。 討論では延べ11人の方から(教員の方が多かった)質問や現場の報告があった。

 

第4分科会 教育と子どもの権利

第4分科会では、子どもの貧困問題と教育-子どもの権利の視点から-というテーマで荒牧重人(山梨学院大学)さんから提起があった。

子どもの貧困は見えづらい、可視化しにくいといわれる中で、2013年に議員立法で成立した「子どもの貧困対策の推進に関する法律(以下貧困対策法)およびそれに基づく「子供の貧困対策大綱」により多様な形で対策が取り組まれている。しかし、一般的な貧困の指標である相対的貧困率が16.3%であり、子どもの貧困が最も現れているひとり親家庭では、54.6%になっているような現状を改善するに至っていない。また、政府の政策によるその貧困率が増加している「逆転現象」が生じていることも指摘されている。テーマに関わっていろいろ問題は多いが、子どもの貧困問題の解決および教育において今日もっとも必要とされている子どもの権利の視点から考えていくとの話から始まった。

国の子どもの貧困対策とその課題、子どもの貧困の捉え方、子どもの権利・条約を基盤とした取り組み、子どもの貧困対策とこどもにやさしいまちづくりという項目で提起が進められていった。特に、子どもの権利の視点から子どもの貧困を捉えることによって、その子どもの貧困問題の解決につながる。子どもの権利と子どもの自己肯定感は通底するが、その自己肯定感の低さと貧困世帯とは相関関係にある。なぜ、子どもの権利かについて子どもは、独立した人格と尊厳を持つ権利の主体であり、子どもは単に「未来の担い手」ではなく、いまを生きる主体である。子どもを「社会の宝」に留めてならない。子どもは社会の一員・構成員として位置付けることが大切である。子どもとの関係を一方的にしないためにも子どもの権利の視点と手法は必要である等、いくつかの視点から述べられた。

子どもの貧困対策と教育の役割を検討する際に重要なことは、これまでの教職員・学校・地域の取り組みの成果を確認し共有するという点である。どうしても課題が先行しがちになるが、成果をもとにしない課題の提示や確認はそれだけに終わってしまい、解決の方向にむかわない。また、政府の子どもの貧困対策で強調されている「学校をプラットホームとした総合的な子ども支援」等を展開するためには教職員・学校の条件整備が不可欠である。条件整備のないまま、教職員・学校に課題を押し付けているのが現在の安倍政権下の「教育改革」の実態である。いま、子どもや教職員・学校を取り巻く現状はがんばれば解決できるようなものではない。現場の意見を反映した施策や制度、親・保護者・地域・NPO法人等々の連携・協働なしには解決の方向すら見えないことが多い。教職員・学校・教育関係者に「がんばりすぎない」ことを強調された。

 これらの提起をもとに、①子どもの貧困の実態とその状況をどう捉えるか②これまでどういう取り組みをしてきたか③今後どのような取り組みが必要なのかの柱立てのもと討論に入った。教職員はがんばりすぎている。目の前にいる、困っている子どもに手を差し伸べそれがやり過ぎる傾向にあり、また当たり前だと考え自分だけで解決しようとする事例や、奨学金は将来の子どもたちの借金となるが利用者が増えていること、主権者教育をするにあたっては投票のための教育ではないこと、労働教育もきちんとした形でするべきであること、就学援助費が年々増加している報告、高校受験で定数内不合格となった子どもの話等が出された。また、子ども中心に考え、子どもに優しい町づくりをしている自治体の取り組み事例があげられた。

困難な子どもを抱えているのに。教育関係者の議論が活発にならない。背景に貧困問題があるということが表にでない。教育関係者は謙虚過ぎる。自分たちでがんばってしまう。協力・協働をし、発信をしていく必要がある。子どもの貧困を単にお金がない状況だけで捉えてはいけない。自治体が貧困問題を扱っているが、少子化に特化してはいけない。子ども自身が育っていく支援をし、子育て支援をしっかりと考える。子どもの権利を考えてとりくまなくてはならない。子どものことを語り、子どものことを思って教育条件整備をしなくてはならない。子どもが、学校の中で学校の構成員として位置付けられているか、子どもの権利を連動させながらやっていくことが大切。地域とかいろんな人の力をかりて、教職員が連携・協働していくことに動いていき、子どもの権利条約に関する取り組みをいかしていくことが重要である。と最後に荒牧さんから助言をいただき分科会を終了した。

 

第5分科会 人権確立

第5分科会では3名の助言者から問題提起を受けた。

はじめに、「在日朝鮮人の権利擁護」についての提起がありました。

相談活動などを行うなかで、在日朝鮮人という理由でアパートの入居を断られ、バイトのシフトに名前を書かれず差別・せん称語が記載されていたなどの事例があった。

安倍談話がだされ、アジア・アフリカを勇気づけたいという内容は盛り込まれていたが、在日朝鮮人に対する言及は含まれておらず、日本が韓国を植民地支配していた事実は忘れ去られようとしている。また、在日朝鮮人の意味を理解していない人が増加している傾向に危機感を感じると指摘。1923年におきた関東大震災の際に、デマによって多くの在日朝鮮人が軍隊や市民によって虐殺されたことに関しても日本政府は真相究明をしておらず侵略責任も果たしていない。

朝鮮学校に対する差別と歴史についての提起もあった。朝鮮解放直後に朝鮮学校がはじまり、国語を学ぶ場であった。当時のGHQと日本政府に封鎖に追い込まれそうにもなったが、1965年に朝鮮学校は各種学校と認識するべき通達がだされ、段々と在日朝鮮人の権利を保障する運動が始まってきた。

しかし、2012年に安倍内閣が発足し、朝鮮学校の無償化が廃止となった。追い打ちをかけるように、2013年3月、東京の町田市が防犯ブザーを朝鮮学校に支給をしなくなった。全国から抗議があり、撤回はされたが正式な謝罪がされなかった。

在特会などによる朝鮮学校襲撃もあり、朝鮮学校に対し上と下から差別を受けている現状がある。政府はヘイとスピーチ解消法をつくったが、政府・自治体が原因を作り出していることを認識しないといけないと述べました。

続いて、「男女賃金差別」について、裁判に至った経過や実態を含めての問題提起を受けました。

2級建築士の資格を取得し、技術手当で5万ほどもらっていたが、女性という理由で総合職でなく、一般職の扱いとなった。総合職は男子、一般職は女子と通達に明記されていた。このようなことは不当であると社長上司を含めて、訴え続けてきたが改善されず、裁判に踏み切った。

裁判では男女で分けた事実は労基法違反と認めたが、基本給のうち年齢給だけ認めた。1審判決では能力を調べた記録はなく、職能級の格差賃金は認めないとされた。高裁での会社の反論は能力の高い仕事はしていないために賃金に差が発生したと証言。自己の行った仕事は能力が低いと立証できない証拠を提出すると、会社側がそれを矮小化した。矮小化に反する証拠をだすと、書いた図面をほかの人間が書いたものと虚偽の証言をした。

司法のもっている性格、会社が主張していないにも関わらず裁判所が判断することが裁判の問題点である。男は大黒柱、女は家事など性別の役割分担といった先入観を司法が認めてしまっている。これを変えるためには多くの人に男女差別を解決しなければ社会はよくならないということが訴えされた。

最後に「全国部落調査復刻版事件」について問題提起を受けました。

事件の概要は、全国部落調査の書籍化検討を掲載し、アマゾンで販売された。「旅行・図書館の検索に役立つことでしょう」とふざけた内容でweb上にアップされており、同和問題解決のためのものではなかった。

これに対し、アマゾンへ抗議活動を行い、販売中止となったが、すでに53冊が予約されていた。解放同盟が法務省に申し入れを行い、全国大会で緊急行動の確認後、抗議行動を行った。裁判所が異例のスピードで仮処分、出版禁止の強制執行を行い、法務局が人権侵犯事件として説示をした。

また、部落解放同盟人物一覧として解放同盟関係者の個人情報がweb上に掲載された。鳥取ループは一覧を削除したとしているが、現在は複製されミラーサイトで閲覧できる状態になっており、この複製したことに関しては否定を続けている。

244名が原告となり、東京地裁で計2億3千万円の損害賠償請求を求める裁判を行っている。

第1回公判では、鳥取ループ側は、同和地区出身者は法律上存在しないとして、こちらの要求を退ける答弁書を提出した。2回公判では、原告側が具体的な差別事例をあげたが、鳥取ループは研究のために行ったと答弁書を提出した。

このような事件を許してはならず、必ず裁判で勝訴しなければならない。部落差別解消法・人権侵害救済法をめざし、協力をもとめ、国民の反対の声をぶつけなければならない。

問題提起を受けて、参加者から意見・質問がありました。富山県石川の部落差別の現状、差別は罪悪であることを社会の常識すること、地域で取り組みを行う重要性などについて意見が出されました。

 

第6分科会 地方の自立・市民政治

2016年7月の参議院選挙後、国は沖縄県に対して強権的な姿勢で臨もうとしています。9月には、福岡高裁那覇支部が、翁長沖縄県知事が辺野古埋め立て承認の取り消し撤回に応じないのは違法だとして、国側勝訴の判決を下しました。翁長県知事は最高裁に上告を行ったが、判決の内容次第でいつ工事再開が強行されてもおかしくありません。また、沖縄県東村高江の米軍北部訓練場において、オスプレイの使用が計画されているヘリコプター離着陸帯(ヘリパッド)の移設工事が一方的に再開されました。参議院選挙において、基地のない沖縄を求める民意が改めて示されたにもかかわらず、国はむしろ態度を硬化させつつあることに対し、危機感を持たざるを得ません。

このように、沖縄における県と国の関係が予断を許さない情勢にあって、安心・安全な市民生活をどう守るのか、地方の自立に向けた国と地方の関係をどのように構築していくのかについて、基地をめぐる沖縄のたたかいを題材に改めて展望するための議論の場として、本分科会を設定しました。

まず、堀内匠さん(地方自治総合研究所研究員)による講演「地方分権・地方自治(基礎編)~沖縄における現実~」では、地方分権の基礎的な解説とともに、辺野古新基地建設問題を題材に、沖縄において分権改革の理想が踏みにじられた経緯が説明されました。国と地方の関係を対等・協力関係とする理想のもと、2000年の分権改革において機関委任事務が廃止されるとともに、国地方係争処理委員会が設置されました。沖縄においても、代理署名問題を契機に基地の撤去に向けた気運が高まっていましたが、分権改革を経たにもかかわらず、強制収用に関わる一連の事務が国の直接執行事務とされたこと、その後の辺野古をめぐる訴訟の一連の流れを見れば、実態は改革の流れに反するものでした。残念ながら地方六団体をはじめ他の自治体は危機感に乏しいのが現状ですが、その上で、自治の尊厳を取り戻し、分権・自治を実現するためには、沖縄の問題を地方全体の問題として受け止めなければならないとの指摘を受けました。

次に、高良鉄美さん(琉球大学法科大学院教授)による講演「沖縄から読み解く地方分権・地方自治」では、基地問題を中心に平和実現に向けた取り組みを進めてきた沖縄の歴史的経過を踏まえ、沖縄発の「自治の尊厳」を取り戻すためのメッセージが発信されました。具体的には、地方自治は、憲法95条で保障された住民の権利であることから、住民意思の反映である地方自治が国によって阻害されてはならないことが、スイスの直接民主制や沖縄県内の高校生3万人投票などの実践例を交えて説明されました。また、沖縄から見た日本の姿について、客観的かつ冷静な視点からの日本という側面、子供の貧困などにみられる日本の縮図という側面、そして基地の問題は沖縄特有の問題ではなく、軍事国家化・軍国主義化に傾きつつある日本の未来の姿であるとの3つの側面から、指摘を受けました。その上で、対等・協力の国と地方の関係を実現し、地方自治を活用するためには、沖縄だけではなく地方全体が力を合わせるべきとの提言を受けました。

次に、平良誠さん(自治労沖縄県本部執行委員)より、沖縄からの闘争報告を受けました。オール沖縄が作成した啓発用動画「7POINTS―いまさら聞けない、沖縄新基地建設問題―」の上映に続いて、辺野古や高江における闘争において非暴力を貫くことの重要性に触れた上で、ともに運動を進めていくことの呼びかけが行われました。

続いて、これらの講演および報告を受けて、全体での討論が行われました。青森からは沖縄と本土との情報格差についての指摘と民主主義を変えるために沖縄だけでなく日本全体から声を上げていくことが重要との意見表明、石川からは総括の必要性と運動を進めていく上で労働組合が批判ばかりではなく市民運動の強化のためにリーダーシップを発揮するべきとの意見表明、熊本からは基地集中と子供の貧困が沖縄でどうとらえられているのかについての質問、茨城からは、脱原発闘争を進める立場から国による支配・介入に地方が対抗していく方法についての質問、秋田からは辺野古・高江の行動および12月10日の全国行動に呼応した各地での行動への参加の呼びかけがありました。これらの意見や質問を受けて、助言者および闘争報告者から、沖縄二紙の報道は、基地が住民に及ぼす影響の大きさの現れであり決して「偏向」ではないこと、住民監査請求など地方による国への具体的な対抗方法について、そして2016年参院選における実績を広げることの呼びかけなど、今後各地での運動を進めていく上での助言および連帯に向けたエールを受けました。

 

第7分科会 憲法

第7分科会では、問題提起・助言者の清水雅彦さんから「憲法が保障する権利・自由~理解しているか使っているか」として提起を受けました。

はじめに、憲法とはなにか、憲法の基本概念とはなにかを再確認しました。憲法は、人権規定が目立ちますが、本来は組織規程により組織を縛るものであり、権力の暴走を起こさせないこと、憲法が保障する権利を守るために国家運営をしていかなければいけないことが明記されていることを学びました。

次に、本題の憲法で保障されている各権利に触れながら、現在の権利が使われていない実態や自民党政権が長く続いた結果、最高裁判所も保守的になり、国家が保障をしているとは言いがたい事実を聞くことが出来ました。

幸福追求権(13条)では、憲法の条文で明らかにされている個別的権利以外の権利について、司法の場などを通じて、具体的な権利が確立されてきた経過があります。しかし、自己決定権などまだまだ司法の及ばない権利があることも学びました。

法の下の平等(14条)では、絶対的な平等を規定しているのではなく相対的な平等を規定しており、許される合理的な区別が存在すること、スタートラインが違うことに対し結果が平等となることを目指し個別に違うことを行う制度は差別ではないことなどを聞きました。例えば、男性に生理休暇がないことや構造的に基礎学力が劣っているコミュニティーに学力向上をさせるために入学等の枠を設けることなどは差別にあたらないことを確認しています。

夫婦・両性の平等(24条)においては、戦前の家父長制度の解体を目指したものですが、結婚年齢や再婚禁止期間の違いなど男尊女卑的な法律は存在していますし、両性結婚などが認められていないように「女性は子どもを産むためのもの」的な思いが見えることを学びました。

自由権においては、奴隷的拘束・意に反する苦役からの自由(18条)の条文により、本人の同意があろうとも奴隷的拘束は無効とされ、意に反する苦役が認められないからこそ、日本には懲役制度がないことを確認しました。また、警察においても警察法での組織規程を拡大解釈し、取り締まりを行っている実態があり、令状がなかったり現行犯でなかったり、立証がなければ、それに従わない権利があることも聞くことが出来ました。

社会権においては、生存権(25条)保障は年々切り下げられており、国民は国家に対し、立法や財政処置を求めていく必要があります。教育を受ける権利(26条)においても、経済的な理由を背景に差別が実態として存在していると考えられます。

労働者の権利について、日本の労働組合の組織されている労働者は20%にも満たず、私たちはその権利を十分に発揮できていません。このことは労働政党が与党になれず、結果的に政府、最高裁判所も保守的になっていることから、我々の運動の広がり、組織化が今後も課題となることを確認しました。

質疑の場では、「国家は憲法に書かれていることに対して義務を怠っているのではないか。例えば差別禁止法がないことなど。」の質問に対し、「立法不作為というのがある。場合によっては、賠償責任もある。」と助言をもらい、「差別や貧困があるのは平和ではないと考えると基本的人権を実現することも平和には必要ではないか」とう質問には「憲法条文に「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」とあり、9条を消極的平和、何かをしないことでの平和とするならば、この全文こそが積極的平和を表すものであり安倍首相の「積極的平和主義」の実態は「積極的戦争主義」でしかない」とあまり知られていない憲法や法律のこと教えてもらいました。討論の場では、各県で行われている憲法学習の取り組み報告を受けて「憲法カフェ」や「仲間の集まりやすい小規模学習の実施」などの取り組み共有を行っています。

今回の分科会では、憲法と権利について学習しましたが、日本人は権利に対する知識がまだまだ不十分なことと、国家はその権能を強化しようと権利が使いづらくしていることを知りました。今よりも権利を後退させる憲法改悪はもちろん許してはいけませんが、今ある権利も実現化させるよう学習し政治を正していかなければなりません。

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