平和軍縮時評

2019年09月30日

国連安保理は、米朝合意履行促進の協議を 英独仏は、誤った朝鮮半島の情勢認識を見直せ 湯浅一郎

6月30日、板門店における米朝首脳会談において、米朝は7月中旬の実務者協議に合意したが、米側から「新しい計算法」に基づく提案が出てこないため、未だに実現していない。
そして、この2か月間は、米韓合同軍事演習の実施を巡り、むしろ米朝、南北の対立が表面化した。朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)は、米韓合同演習は、北朝鮮を敵視するものであり、米朝シンガポール合意や南北板門店宣言に反するとして、演習の中止を強く求め続けた。これに対し、米韓は、演習に「同盟19-2」のように呼称を付けるのを止め、前半を「危機管理参謀訓練」(8月5日~8日)、後半を「米韓合同指揮所訓練」(8月11日~20日)と名称を変更するなどしたものの●1、予定通りの軍事演習を実施した。これに対し、北朝鮮は、米韓合同演習を前後して、5月4日以来9月末まで、10回(5月4日、9日、7月25日,31日,8月2日、6日、10日、16日、24日、そして9月10日)の短距離弾道ミサイルなどの発射実験を繰り返した(表1)
●2。この間に北朝鮮が発射したミサイルは、複数の新型であるとみられている。専門家らによると、5月以降に北朝鮮が発射した短距離ミサイルは、以下の2~3つに類型化できる複数の新型であるとされている。

  1. 5月4日、5月9日、7月25日、8月6日のミサイルはロシアの「イスカンデル」に酷似した固体燃料式の短距離弾道ミサイルと見られる。これは、イスカンデルと同様に低空を飛行し、飛行経路の変更が可能とされる。
  2.   北朝鮮が「新型兵器」と呼ぶ8月10日と8月16日に発射されたミサイルは、米国のATACMS(陸軍戦術ミサイル)1に外形が似ていると指摘されている。
  3. 7月31日と8月2日に発射された「大口径誘導放射砲」については、防衛省が8月24日の「超大型放射砲」との類似性について分析している。9月10日に発射されたミサイルも、8月24日と同系統であると見られる。

以上のミサイルは8月24日を除き、25 ~60kmの低空を飛行している。どれもが移動式発射台から発射されており、イスカンデル似のミサイルや8月24日のミサイルは固体燃料式とみられる。北朝鮮が保有する従来の短距離弾道ミサイルは射程120kmの「トクサ」を除き液体燃料式であった。固体燃料式ミサイルは液体燃料式に比べ即応性や秘匿性に優れるとされている。

英独仏、北朝鮮のミサイル発射を非難する共同声明を連発
この北朝鮮の一連の短距離ミサイル発射に対して英独仏は二度にわたり安全保障理事会の開催を要求し、8月1日、及び27日に国連安保理の非公開会議が開かれた。2回とも3か国は、会議終了後、記者会見を行い●3、北朝鮮の短距離弾道ミサイル発射を非難する短い共同声明を発した●4。2度の声明は、ほぼ同じ内容で、2回目のものを<資料1>とする。声明は、過去1か月間の北朝鮮による弾道ミサイル発射は、「国連安保理決議に違反するものとして繰り返し非難する」と述べ、「北朝鮮の核および弾道ミサイル計画が解体されるまで、国際的制裁はそのまま維持され、完全かつ厳格に執行されなければならない」と、制裁執行の継続を強く主張した。
これに対し、北朝鮮は、「朝鮮中央通信」を通じて、2回とも即座に談話を発表し英独仏の動きを強く批判した●5。8月1日の声明に対しては外務省報道官、27日の声明に対しては朝鮮欧州協会顧問の談話となっている。ここでは、後者を<資料2>とする。8月1日の声明では、英独仏は、「韓国での戦争演習と先端攻撃兵器の韓国への輸送」を問題にしないまま、「飛翔体の射程ではなく、弾道ミサイル技術に基づく発射自体を問題」にしようとしており、これは、主権国家の自衛権を完全に放棄するよう迫るに等しい行為であると反発している。ここでの「先端攻撃兵器の韓国への輸送」というのは、韓国が米国から購入したステルス戦闘機F35Aが韓国空軍基地に最近到着したことを指していると考えられる。無人偵察機グローバルホークも到着する予定である。そして3か国の無分別な言動は、朝鮮半島情勢の緊張を抑制するのでなく、むしろ悪化させることになると警告した。さらに8月28日の談話は、「英独仏は、堅く偏見に満ちた考え方から脱却し、朝鮮半島の緊張緩和と平和の保証を促進すべきである」としている。
8月1日、及び27日の安保理会議では、ともに安保理としての声明などは出されることはなかった。会議での議論の詳細は伝えられていないが、これは当然の結果であろう。安保理で発言力のある米国が、米朝間のシンガポール合意の枠組みを重視し、短距離弾道ミサイル発射を安保理決議違反として問題にする意思がなかったからである。トランプ大統領はツイートで、「ミサイル発射は国連では問題かもしれないが、シンガポールの約束に違反していない」と主張し●6、仮に弾道ミサイルであったとしても短距離であれば問題にしないことを表明している。

英独仏は、朝鮮半島に関する情勢認識の偏りを正せ
この2回の安保理会議で表面化したもっとも深刻な問題は、英独仏の情勢認識の古さと偏りである。これらヨーロッパ3か国は、米国とは少し離れた位置から朝鮮半島の平和・非核化プロセスに関して、将来的には国際的な調停的役割を果たし得る国々であり、それだけに問題はより深刻である。
8月1日、及び27日の共同声明を読む限り、英独仏3か国は朝鮮半島の非核化が具体的に前進するのは米朝間の協議によってであるという認識はもっているようである。しかし、7月中旬とされた実務者協議がなぜ実現していないのか、今後の米朝協議の前進のためには現情勢下で何が求められるのか、といった核心の問題について、共同声明には3か国の認識がまったく述べられていない。のみならず、3か国は「北朝鮮は、完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)に向けて具体的な行動を取らねばならない」「…北朝鮮の真剣な努力が朝鮮半島の安全と安定を保証する最善の道である」と述べるなど、北朝鮮への上から目線からの要求のみを掲げて、初歩的な主張を繰り返している。これは、現段階で安保理が果たすべき役割ではない。
国連安保理は、2006年10月14日の決議1718以来、2017年まで10回にわたり北朝鮮に対し、「核実験」と「弾道ミサイル技術を用いたすべての発射」を禁止し、核兵器及びすべての大量破壊兵器(WMD)とそれらの計画、および弾道ミサイル計画を廃絶することを要求する安保理決議を採択してきた。しかし、安保理の経済制裁決議による11年以上にわたる状況改善の努力は効を奏することができなかった。制裁を強めても、ミサイル発射や核実験は継続していたのである。この状況を打破したのは、2018年からの米朝首脳会談の実現であり、米朝シンガポール共同声明という成果物である。この共同声明の合意の履行によって、安保理決議が制裁によって達しようとした目標についても実現に向けて重要な一歩前進をはかる条件が生まれたのである。
3か国を含めた安保理の関係国は、今こそ、米朝シンガポール合意の順調な履行を支援するために安保理がどのような役割を果たし得るかを議論するべきである。状況にそぐわない「弾道ミサイル技術を用いたすべての発射」云々という安保理決議を根拠にして北朝鮮への制裁を自己目的化した議論は、非核化への情勢改善に何も貢献しない。
そもそも北朝鮮に対する一連の安保理決議は、「弾道ミサイル技術を用いたあらゆる発射を禁じる」という、例のないミサイル制限を加えたために、かえって身動きできなくなっていることにも、安保理は冷静な目を注ぐ必要がある。


●1 「韓米きょうから合同指揮所演習 北の武力示威にも警戒」(『聯合ニュース』、2019年8月11日)。
https://jp.yna.co.kr/view/AJP20190811000600882?section=news
●2 ピースデポ作成。
●3 「ロイター通信」2019年8月2日。https://www.reuters.com/article/northkorea-missiles-un/at-u-n-britain-france-germany-urge-n-korea-to-hold-meaningful-talks-with-u-s-idUSL2N24X16Z。「朝日新聞」2019年8月28日。
●4 「北朝鮮に関する国連安保理協議後の英独仏の共同声明」。19年8月1日の声明は、
以下。
https://new-york-un.diplo.de/un-en/news-corner/190801-unsc-north-korea/2236818
●5 「北朝鮮外務省報道官、国連安保理の非公開会議を糾弾」(『朝鮮中央通信』英語版、2019年8月2日)。「朝鮮欧州協会顧問、英独仏は硬直した偏見に満ちた考えを正すべき」(『朝鮮中央通信』英語版、2019年8月29日)。ともにhttp://www.kcna.co.jp/index-e.htmから日付で検索。
●6 トランプ大統領ツイッター(2019年8月2日)。
*本稿は、非核化合意履行・監視報告No.14号(2019年8月28日)をもとに、一部、加筆したものである。

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