2012年、平和軍縮時評

2012年06月30日

平和軍縮時評6月号 オスプレイ:米軍「環境レビュー」と民意無視の配備計画  塚田晋一郎

   米政府は、海兵隊の垂直離着陸輸送機MV-22オスプレイの普天間飛行場への配備をあくまでも遂行しようとしている。6月13日、日本政府は、米軍が作成した最終「環境レビュー」(ER)を公開した。米政府は一方的に作成・公表したこの文書をもって、配備・運用による危険の増大や環境悪化は起きないと結論づけた。
   環境レビューは、沖縄全域でのオスプレイの飛行・訓練計画を改めて示した上で、日本全域での低空飛行訓練の実施計画を、飛行ルートを図示する形で明らかにした。このことにより、オスプレイ普天間配備が、実質的に沖縄のみならず、日本全域に直接的に影響を与える計画であることが白日の下にさらされる形となった。
   一方、環境レビュー発表の翌14日(日本時間)、米フロリダ州において、オスプレイがまた墜落事故を起こした(5名負傷)。4月のモロッコでの墜落事故(2名死亡、2名負傷)が記憶に新しい中での、相次ぐ重大事故に対し、沖縄のみならず、全国的にオスプレイの安全性への懸念が高まっている。
   本時評2011年12月号でも指摘した、「オートローテーション」機能の欠如問題も何ら解決していない。その他にも、オスプレイが抱える安全性に関する構造的な欠陥はいくつも指摘されている(本稿ではあまり踏み込まないが、岩波書店『世界』7月号の拙稿も参照されたい)。
   日本政府は米政府に対し、普天間への配備および日本全域での運用計画の中止を明確に求めるべき局面を迎えている。

米軍の「環境レビュー」(ER)
   6月13日、日本の防衛省は、米海軍・海兵隊による「MV-22の海兵隊普天間飛行場配備および日本における運用に関する最終環境レビュー(ER)」を、沖縄県や関係自治体に伝達するとともに、米軍作成の原文のみを沖縄防衛局のウェブサイトで公表した。環境レビューは本体288ページ、付録(A~D)755ページにわたる長大なものである。防衛省による「仮訳」は公表されていないが、「要約」部分は、市民が入手し、「沖縄・生物多様性市民ネットワーク」のブログなどで公開されており、読むことができる。

   環境レビューの付録部分を除く、本体の構成は以下のようになっている。

● 要約―各章の概要、目的および必要性、提案されている行動、環境影響の要約
● 第1章:目的および必要性
● 第2章:提案されている行動と現状
● 第3章:海兵隊普天間飛行場
● 第4章:訓練および即応運用―着陸帯、日本本土(キャンプ富士、海兵隊岩国飛行場、飛行ルート)
● 第5~7章:文書リスト、参考文献、執筆者

   環境レビューの内容は、オスプレイの基本情報、運用の場所、回数、時間帯、飛行高度、安全性・騒音などの環境への影響など、多岐にわたる。米軍は検討の結果、オスプレイの普天間配備および運用において、いかなる重大な環境問題も生じないと結論付けた。
   「要約」の1ページ目に掲載されている沖縄本島周辺地図を<図1>に示す。ここには、オスプレイの運用場所として、既存の69か所のヘリパッド(ヘリコプター着陸帯)が示されている。普天間を起点として、本島中北部に位置する、嘉手納飛行場、ホワイト・ビーチ、キャンプ・ハンセン、キャンプ・シュワブ、北部訓練場、伊江島へも頻繁に飛行するであろうことがわかる。

 

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   北部訓練場については、1996年のSACO(沖縄に関する日米特別行動委員会)最終報告によって、北側約半分の面積の返還が予定されており、それに伴って、東村の高江の集落を取り囲むような位置関係で、ヘリパッドを移設する工事が進んでいる。2007年に始まった工事は、高江住民や全国から駆け付けた市民による座り込みが継続的に展開されてきた結果、計画が大幅に遅れている。国側は住民を訴え、法廷を舞台とした弾圧も続いているが、住民側は屈することなく、工事計画を止めるための取り組みを続けている。
   環境レビューは、高江で建設工事が行われている「ヘリパッド」が、実質的な「オスプレイ・パッド」であることを公式に明らかにした。沖縄では、高江でオスプレイが運用されるであろうことが何年も前から指摘されてきたが、公式文書で明らかにされたのは、オスプレイ配備実施の直前に米軍が発表したこの文書であった。このことのみを挙げても、日米両政府の情報開示姿勢の怠慢は、強く指摘せねばならない。さらに、環境レビュー発表後、高江での工事が強行的に再開され、現場では大勢の市民が座り込み、作業トラックの敷地内への機材搬入を止める事態に至っている。本稿の本筋からは少し横道に逸れたが、いま高江で起きていることは、沖縄以外ではほとんど報じられていないため、わずかながらここに記した。高江の状況の詳細はブログ「やんばる東村 高江の現状」などが詳しく発信している。

日本全土で低空飛行訓練
   環境レビューは、沖縄のみならず、日本のほぼ全域で、オスプレイの飛行訓練を展開する計画を明らかにした(「要約」および「第2章」)。示された日本での飛行ルートは<図2>のとおりである。
   普天間から飛び発ったオスプレイは、岩国飛行場とキャンプ富士を起点に、米軍が設定している「低空飛行ルート」で訓練を行うとしている。特殊作戦を想定したものとされるが、現在配備されているCH46ヘリコプターには無い訓練形態であり、これは、ヘリのように離着陸し、固定翼機のように飛行するオスプレイ独自の運用形態に起因している。オスプレイ配備をあくまでも「老朽化したCH46の装備変更」とする米日両政府の姿勢は、この点だけでも矛盾したものであることがわかる。

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   米軍機の低空飛行は、飛行ルート周辺地域への騒音被害や度重なる事故により、少なくとも1980年代から問題になってきた。当該地域の住民や自治体は、米軍機の飛行状況を丹念に調査し、データを積み上げ、政府へ中止を働きかけてきた(たとえば、キャッチピース編「米軍機低空飛行全国自治体アンケート」1998年刊)。
   これまでの米軍機の低空飛行訓練による事故の代表的なものに、1991年の奈良県十津川村での林業ワイヤー切断事故や、1994年の高知県・早明浦(さめうら)ダムへの墜落事故がある。この2つの事故後に米軍が作成した報告書で、低空飛行ルートは少なくとも7本あることが明らかになった。今回の環境レビューには、オスプレイの訓練ルートとして、中国山地の「ブラウンルート」を除く6つのルートが記載された。同ルートが除かれたことは、地域住民や自治体が飛行訓練の中止要請を継続的に行ってきたことに加え、岩国に空母艦載機の移駐が計画されていることを米軍が配慮した結果かもしれない。
   ただし、在沖縄海兵隊司令部は、同ルートでもオスプレイが訓練を行う可能性に言及したとの報道も複数なされている。ブラウンルートのみならず、東北から北海道にかけて設定されているとされる「北方ルート」など、まさに日本全域でのオスプレイの低空飛行が実施される可能性が濃厚であり、墜落や騒音被害等の危険性は現実味を増している。
   1999年1月14日、日米両政府は、「在日米軍による低空飛行訓練について」と題する合意文書を発表した。そこでは「低空飛行の間、在日米軍の航空機は、原子力エネルギー施設や民間空港などの場所を、安全かつ実際的な形で回避し、人口密集地域や公共の安全に係る他の建造物(学校、病院等)に妥当な考慮を払う」などと書かれている。しかし、米軍機の低空飛行訓練による騒音被害や風圧による建物の倒壊などは、2000年代に入ってからも各地で発生している。米軍による「妥当な配慮」は多いに疑問であり、この合意が実質的な危険性除去のためにはあまりにも不十分であることは明らかである。

米国内では低空飛行訓練が延期に
 

   一方、米国内では、オスプレイの低空飛行訓練計画が住民の反対で足踏みを強いられている。米空軍は、ニューメキシコ州キャノン空軍基地所属のCV-22オスプレイの低空飛行訓練計画を立て、2011年9月、「環境評価書案」(Draft EA)を公表した(MV-22は海兵隊仕様、CV-22は空軍仕様だが、機体の構造は9割方同じとされる)。
   この環境評価プロセスにおいては、昨年9~11月の60日間にわたり実施されたパブリックコメントで、住民から騒音や安全性への懸念に関する意見が約1600件寄せられた。また、この計画案における「低空飛行訓練エリア」に指定された、ニューメキシコ州およびコロラド州の連邦議員などが、米政府に対し、現行計画の再考を行うよう働きかけた。その結果、今年6月、空軍は計画を再考し、2013年の早い時期に方向性を決定すると発表した。そこで決定される新たな環境評価の実施方針においては、今回再考を余儀なくされた環境評価書(EA)プロセスよりも本格的な、「環境影響評価書(EIS)」が実施されることになるものと思われる。
   日本での低空飛行訓練に関して、日本政府は長年にわたり、日米地位協定第5条に基づく「基地間の移動」と解釈し、その後、前述の1999年日米合意以降は、低空飛行訓練の実施を認めてきた。また「航空特例法」によって、米軍機には具体的な高度制限を定めている日本の航空法が適用されていない。こうして米軍の低空飛行訓練を黙認している日本政府の姿勢は、オスプレイの運用計画が明らかになったいま、改めて追及されなければならない。

「環境レビュー」の一方的性格
   環境レビューは、米国内であれば軍が作成の義務を負う国家環境政策法(NEPA)に基づく、「環境評価書(EA)」や、「環境影響評価書(EIS)」とは法的根拠やプロセスがまったく異なるものである。EISは、最終報告書(FEIS)が作成され、それを環境保護庁(EPA)が承認するまで、そして計画実行過程においても軍と国防総省を拘束する。またEISでは軍は複数の選択肢を明示し比較考量しなければならず、選択肢には「ノーアクション」(計画を実施しない)が含まれなければならない。さらに、ニューメキシコのEAプロセスで行われたように、パブリックコメントや、公聴会による住民の意見を反映する義務が軍には課せられる。米本土でのオスプレイ配備(東海岸、西海岸、ハワイ)では数年をかけたEISプロセスが実施されている。
   これに対して、国防総省指令(6050.7、1979年3月31日 「海外における国防総省の主要な行為の環境影響」)に基づいて作成された環境レビューには、このような要件は義務づけられていない。そもそも国防総省指令では「部隊の配備」は検討対象外である。すなわち、今回の環境レビューはあくまでも任意の「情報提供」以上の意味を持たない。環境レビューを作成したこと自体は、米国が沖縄県民への一定の配慮を示したものとはいえるが、軍の評価に異議を申し立て、それを計画に反映させる機会は、住民には一切与えられていない。

未解決の「オートローテーション」問題
   環境レビューには、オスプレイの機体の安全性を示すための説明が随所でなされている。しかし、安全性に関わる基本的な問題として、「オートローテーション」能力の欠如は、依然として解消されていない。
   オートローテーションとは、ヘリコプターのエンジンが空中で停止した際、気流を受けたローターが自然に回転することで揚力を発生させ、機体の下降速度を抑制し、地面への衝突を回避もしくは衝撃を緩和するための機能である。固定翼機がエンジン停止した際に緊急着陸措置としてとる「滑空」と同様の意味を持つ。基地周辺や飛行ルート下の住民にとってはオートローテーション能力の欠如は墜落事故の不安に直結する。この問題に環境レビューは言及していない。
   オスプレイは2005年9月に、国防総省・試験評価局(DOT&E)の「運用評価試験(OPEVAL)」報告書を受け、本格量産が決定された。この報告書は、「飛行テストや工学的分析は、V-22は安全着陸のためのオートローテーションができないことを示している」としたが、量産にあたっての勧告部分では、この問題に触れなかった。
   また、軍が量産と配備を急ぐためにオートローテーション問題を棚上げしたことを直接的に示す一次資料は公開されていないが、その事実を明確に示すいくつかの資料がある。例えば、2011年3月10日付の米議会調査局(CRS)報告書「V-22オスプレイ・ティルトローター機:議会のための背景と問題点」(RL31384)には、「飛行テストの続行に合わせ、海軍省は、V-22に対するいくつかの要件を修正した。例えば、ヘリコプターモードにおいて無動力で着陸すること(「オートローテーション」とも呼ばれる)は、もはや要件とされていない」と記されている。CRS報告が出典に挙げた記事「基準の緩和でオスプレイを決定」(ラレー・ニュース&オブザーバー紙、2002年5月19日)は、「海軍は、いくつかの問題を解決したが、それは重要な要件の修正―要するに、ゴールポストを移動させることによるものだった」と述べた。

   

日本政府は配備・訓練中止の要求
   米政府は7月23日にオスプレイ12機を岩国基地へ搬入した。7月10日、二井関成山口県知事と福田良彦岩国市長は、森本敏防衛大臣に、オスプレイ搬入を認めないとする要請書を手渡した。仲井真弘多沖縄県知事も配備に反対し、沖縄の全41市町村議会で反対決議がなされている。6月17日の宜野湾市民大会には5200人(主催者発表)が参加し、近く、県民大会も開催される予定だ。
   沖縄からこれほどまでにオスプレイ配備反対が表明されるのは、無論、安全性への危惧があるからだけではない。そもそも普天間県外移設や基地の削減・撤去を求めている沖縄に対し、頭越しで日米政府が政策を決定し続けることに対する怒りが高まり、オスプレイ配備を阻止するという軸で結集するに至っていることを、日本のすべての人々は忘れてはならない。7月10日には、前述のとおり東村高江でヘリパッド建設が再開された。しかしこの建設計画のために日本政府が実施した環境影響評価(アセスメント)には、オスプレイによる影響が含まれていない。環境アセスのやり直し、計画そのものの断念が必要である。
   日本政府は、米政府にオスプレイ配備中止を申し入れ、交渉すべきである。最低でも独自の評価を行い、住民意見のヒアリングを公開の場で行う政治的責任を負っている。ごく一部の日本政府高官が短時間、オスプレイの試乗をし、軽々に安全宣言をする姿は、福島第一原発事故を受けてもなお基準や責任の曖昧な「ストレステスト」によって安全性を宣言し、原発を再稼働する姿と重なる。オスプレイ配備と原発再稼働に共通しているのは、私たちの暮らしが根底から脅かされかねない危険性への警鐘を訴え続ける国民を無視し、独自の論理を展開し、猪突猛進に既存路線に則った計画を遂行しようとする政府の姿勢である。
   私たちがオスプレイ配備について求められるのは、日米の同盟と抑止力強化を自明の前提として受け入れ、負担と危険を沖縄の人々に強いるあり方を問う国民的な議論の深化である。全国化した低空飛行訓練問題を、その一つの取っ掛かりとしたい。

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