新着情報

連帯の輪の拡大が新しい可能性を開く

横須賀へ再び 7月号で「7月19日は横須賀へ。新しい時代はそこから始まります」と書きました。7・19全国集会は、1万5千人を超える仲間が全国から駆けつけました。平和フォーラムの運動も「大きく飛躍する新しい可能性」を切り開きつつあるように見えます。可能性を現実のものとして実現できるかどうかは今後の取り組み次第です。 原子力空母の横須賀母港化を阻止できるかどうかは、連帯の輪を大きく拡大し、横須賀現地で多数派を獲得できるかどうかにかかっています。横須賀で多数派を形成するために、市民とともになにができるかが問われています。みんなで地域に入ろう。また全国から横須賀現地の闘いを支援しよう。 9月25

2008年09月01日

2008在日朝鮮人歴史・人権週間全国集会(08月30日~31日 さいたま市大宮ソニックシティ)

  平和フォーラムが、朝鮮人強制連行真相調査団や在日朝鮮人人権協会とともに、 2007年から開始した「在日朝鮮人歴史・人権週間」は国連人権委員会ディエン報告 書(2006年1月)が指摘した日本の差別についての歴史性を明らかにするものです。 2008年は、春に関西中心に阪神教育闘争60周年で行ったのにつづいて、夏・秋には、 1923年9月1日の関東大震災と朝鮮人虐殺から85周年で、軍と自警団による虐殺につ いての国の責任と謝罪、真相調査を日弁連が80周年時に政府へ勧告した点を、改めて 問い直すものとしてとりくまれました。8月30日には、さいたま市の大宮ソニックシテ ィ国際会議室に約

2008『在日朝鮮人歴史・人権週間』全国集会のアピール文

『在日朝鮮人歴史・人権週間』実行委員会 『在日朝鮮人歴史・人権週間』実行委員会は、日本人と在日朝鮮人が共に在日朝鮮人の過去の歴史を知り現在の人権状況を考えるために、関東大震災時の朝鮮人虐殺85年に際し、埼玉県において全国集会を開催した。 私たちは、この事件の歴史的事実と国際的な人権の視点で、以下のことを確認した。 第一に、関東大震災時の朝鮮人虐殺は、日本政府による「戒厳令」の下で、政府による「朝鮮人は各地に放火し、不逞の目的を遂行」(9月3日、内務省電文)との虚偽事実の伝達行為に誘発された自警団による虐殺である。また、軍隊が直接朝鮮人、中国人を虐殺しており日本政府の責任が明確であることを確認し

戦争犠牲者追悼、平和を誓う集会誓いの言葉

フォーラム平和・人権・環境代表 江 橋 崇 本年も、8月15日がやってきました。数えれば、63回目の終戦記念日です。すでに2世代以上の時の経過があったとはいえ、先の戦争の被害は、なお多くの方々の心と身体に大きな傷跡となっております。戦争におけるすべての犠牲者への慰霊と、今日なお被害に苦しむ方々への慰謝のまことを表します。 昨年の今日、私は、戦没者の方々に、参議院選挙後の新しい日本の政治と、六カ国協議の妥結による北朝鮮の核問題の解決への期待をご報告し、朝鮮半島のデタントと、北東アジアにおける平和への希望を述べさせていただきました。その後、事態は、各国の思惑に振り回されて遅々としていますし、日本の

戦争犠牲者追悼、平和を誓う集会(千鳥ヶ淵戦没者墓苑)

  例年にもましてうだるような猛暑の8月15日、平和フォーラムは東京・千鳥ヶ淵の国立戦没者墓苑で戦後63年の「戦争犠牲者追悼・平和を誓う集会」を行い、各団体の代表など約200人が参加しました。 集会はI女性会議の中村ひろ子中央常任委員の司会・進行ですすめられ、12時の黙とうに続いて、江橋崇・平和フォーラム代表、川内博史・民主党衆議院議員、福島瑞穂・社会民主党党首(参議院議員)による「誓いの言葉」が述べられたあと、土井たか子・元衆議院議長(衆議院議員)をはじめ各団体・参加者による献花が行われました。 なお、平和フォーラムは昨年につづいて千鳥ヶ淵墓園での追悼を衆参両議

2008平和の灯を!靖国の闇へキャンドル行動-ヤスクニ・戦争・貧困(日本教育会館)

8月10日、東京・一ツ橋の日本教育会館で「平和の灯を! ヤスクニの闇へ キャンドル行動~ヤスクニ・戦争・貧困~」と題する集会が開催されました。 参加した750人は、「靖国」をめぐる学者らの発言に耳を傾け、合祀取り下げを求める呼びかけに呼応し、コンサートでは会場が最高潮の盛り上がりを見せました。  →キャンドル行動実行委員会詳報  →レイバーネットニュース詳報

東京大空襲訴訟原告団/戦争責任を問い戦後補償を求め平和をつくる集会(台東区民会館)

  8月10日、東京大空襲訴訟原告団は、重慶大爆撃の被害者と連帯する会・コスタリカに学ぶ会とともに、「戦争責任を問い戦後補償を求め平和をつくる集会」を東京・台東区民会館 で開催、約230人が参加しました。東京大空襲訴訟星野弘原告団長は「空襲の被災者は、実態も調査されず国から切り捨てられた。被爆者ら民間の犠牲者とも連携し、平和運動の潮流をつくりたい」とあいさつ。 自らも空襲に遭い「東京大空襲・戦災資料センター」の館長を務める作家の早乙女勝元さんは、近衛文麿元首相が昭和天皇に終戦を勧めた「近衛上奏文」が 1945年2月に出されたことを挙げ「昭和天皇には戦争を長引かせた責任がある。この時に

被爆63周年原水爆禁止世界大会長崎大会まとめ集会・特別決議

被爆63周年原水爆禁止世界大会長崎大会・まとめ集会 日本政府は、米軍再編に積極的に協力し、米政府と足並みをそろえ日米軍事一体化を強引に進めています。座間キャンプへの米陸軍第一軍団司令部の移駐、MD防衛導入、原子力空母の横須賀母港化など、「核戦略」の拠点としての軍事強化が進んでいます。私たちは、「被爆63周年原水爆禁止世界大会」を開催し、世界各地で平和と核廃絶に取り組んでいるゲストを迎え、核も戦争もない世界をめざして、東北アジアの平和と非核化の課題など討論を進めてきました。 このような中で、米海軍原子力潜水艦「ヒューストン」が、佐世保入港時を含めて数ヶ月にわたって放射能漏れを起こしていたことが明

被爆63周年原水爆禁止世界大会・大会宣言

被爆63周年原水爆禁止世界大会 助けてください……。この短い悲痛の声があふれた63年前のヒロシマとナガサキ。生きとし生けるものに史上例のない惨害をもたらし、21万人もの尊い命が数日のうちに失われました。放射能による後遺症は、いまなお多くの人々を苦しめ、二世や三世も健康不安をかかえて生活しています。8月6日と8月9日は、人類にとってけっして忘れてはならない日です。 ヒバクシャをめぐる課題は、63年後の今も、原爆症認定、在外被爆者、被爆二世・三世、被爆体験者など残されたままです。原爆症認定基準について、4月に厚生労働省は一部緩和しましたが、新基準でもなお被爆距離や対象疾