イラク情勢Watch vol.31 06年4月7日
         発行:フォーラム平和・人権・環境  編集:志葉 玲

       毎週更新(予定)


Topics
1)週間イラク報道Pick up
2)イラクから帰れない自衛隊
3)大幅に遅れるイラク新政権発足 各派や米国の思惑が入り乱れ



1)週間イラク報道Pick up

【06.4.7 ロイター】イラク機密漏えい、ブッシュ大統領が許可=リビー被告

【06.4.6 共同】イラク軍施設にロケット弾 サマワ近郊、負傷者なし

【06.4.5 読売】ジャアファリ・イラク首相、再任辞退要求を改めて拒否

【06.4.5 朝日】イラクの自衛隊撤退「夏前、好ましい」 公明・神崎代表

【06.4.4 産経】イラン 核施設攻撃なら米報復テロ

【06.4.2 時事】英豪軍キャンプと同時攻撃=多国籍軍駐留に反発か−サマワ陸自砲撃・豪司令官



2)イラクから帰れない自衛隊

 麻生外相は2日、テレビ朝日の報道番組に出演、「(小泉政権下で撤退の)決定はなされるが、決定と撤退では時間がずれる」と発言、サマワに駐留する陸上自衛隊の撤退が秋以降にずれ込む可能性を示唆した。政府は5月末に自衛隊をサマワから撤退させる方針だったが、「イラクの新政権発足の遅れ」を理由に、5月末の撤退を断念している。麻生外相は「英国もオーストラリアも残っている中で、日本だけ先にこちらの都合で帰るというふうにはいかない」とも発言。3カ国での協議が必要との認識を示した。


・米国の強い要望

 自衛隊5月末撤退が断念された背景には、米国の意向があると思われる。ブッシュ米大領領は先月21日の記者会見で「自分の任期中の米軍イラク撤退はない」と発言。これを受けて小泉首相は「日本は、日本独自の主体的な判断でこれからのことは考える」(3月22付け共同通信)と発言しているものの、これまでも自衛隊駐留継続への強い要請が米国側から出されており、日本政府としても全く無視はできないだろう。今年1月の日米防衛首脳会談では、ラムズフェルド国防長官が「イラク治安維持」への自衛隊の参加を促している。また、ブッシュ政権のイラク復興の主要事業として計画される「地方復興チーム(PRT)」派遣事業への自衛隊の参加も米側から再三要求されていた。


・孤立するブッシュ政権

 ブッシュ政権が日本の協力を強く求めるのは、悪化する一方の現地情勢の中で、同盟国の「撤退ドミノ」が起きるのを恐れているためだろう。ブッシュ政権の支持率は先月の米世論調査で36%と過去最低の数値を記録、イラク戦争に関しても「間違いだった」が57%(CNNとUSA TODAY、ギャラップ社の調査)と米世論の批判が強まっている。同盟国が相次いで撤退すれば、米軍撤退を求める声もますます大きくなり、駐留継続の方針をとるブッシュ政権には不都合だ。


・ブッシュ大統領のメンツのため?

 陸自のイラク駐留や空自の米軍人員・物資運搬支援といった憲法に抵触する問題がブッシュ政権のメンツのために行われるのであれば、主権ある国家としての政府の存在意義が問われる。小泉首相は口先だけでなく、真に「主体的は判断」をするべきであろう。



3)大幅に遅れるイラク新政権発足 各派や米国の思惑が入り乱れ

 イラク新政権の発足が大幅に遅れている。昨年12月15日に選挙を実施したのにも関わらず、組閣が進んでいない。それどころか、一旦はシーア派による最大会派UIA(イラク統一同盟)で続投が承認されたイブラヒム・ジャファリ移行政府首相が、クルド人やスンニ派の政党から辞任要求を突きつけられ、これに同調する声が身内のUIAからもあがるなど、誰が新首相になるのかも不明瞭な状況だ。


スンニ、クルドで「ジャファリ降ろし」

 クルド人会派「クルド同盟」は昨年5月の移行政府発足以来、UIAと連立を組んできた。だが、先月2日、スンニ派政党とアラウィ元暫定政権首相率いる世俗派政党で作る国民行動評議会が宗派間対立に対しての「指導力不足」などを理由にジャファリ首相の辞任を要求。翌日3日にはスンニ派政党指導者アドナン・ドレイミ氏が「辞任要求に応じなければ、UIA抜きでの連立政権を樹立する」と発表、クルド同盟もこれに同調した。クルド同盟が国民行動評議会と連立を組めば、UIAの議席を上回る。最大多数派のシーア派会派が野党に転落する可能性も出てきた。

 クルド同盟を怒らせたのは、この2月末から3月頭にかけてのジャファリ首相のトルコ訪問。AP通信などによれば、ジャファリ首相はトルコ側にイラク北部の油田地帯であるキルクークを「クルド人地区に編入しない」と話したのだという。トルコは国内にクルド人の独立運動を抱え、イラクのクルド人の動向にも神経を尖らしている。一方、クルド人にとっては、トルコ政府は多くの村々を焼き、人々を殺した仇敵。また、旧フセイン政権によって同胞達が立ち退かされ、約20万人が行方不明になるなどした「悲劇の町」キルクークをクルド人地区に編入し、石油利権を確保することはクルド同盟の大きな目標だ。それゆえにジャファリ首相の行動はクルド同盟の神経を逆なでした。


・シーア派会派内の勢力争い

 ジャファリ首相がキルクークのクルド人地区編入に後ろ向きである要因としては、UIAに参加するサドル師派の意向があるだろう。UIA内の二大政党として、ジャファリ首相を率いるダワ党とSCIRIがあるが、各地方に独立国並の権限を与え、石油利権にも大きく関係する「イラク連邦制」を推進するSCIRIに対し、サドル師派は「イラク分裂につながる」として反対。サドル師派はダワ党を支持し、ジャファリ首相はUIA内の首相選でSCIRIの候補に競り勝った。 

 ジャファリ首相辞任を、SCIRIの最高指導者であるアブドルアジズ・ハキム師も求めているとされ、UIA内での主導権を握ろうと目論んでいるようだ。SCIRIは、幹部であるバヤーン・ジャブル内務大臣の下で治安部隊や同党民兵組織「バドル組織」がスンニ派住民への拉致・拷問を行っているとして、スンニ派政党やザルメイ・ハリルザド米国大使から批判されていた。


・イラクの「イラン化」を警戒する米国、見通しの立たない新政権発足

 2日にイラクを電撃訪問したライス国務長官もジャファリ首相の続投に難色を示した。組閣の遅れに対する苛立ちに加え、シーア派主体の政権がシーア派国家であるイランとの関係を強化することへの警戒感が強い。米国としては宗教色の薄い世俗派政党やクルド同盟を推したいという事情もある。
 
 現在のところ、ジャファリ首相は続投する姿勢を崩していないが、包囲網は狭まっている。だが、国民行動評議会とクルド同盟が連立を組み、新政権を発足させるかというと、これもまた不透明だ。国民行動評議会の中でも特にスンニ派政党は連邦制に強硬に反対している。スンニ派の多いイラク中部・西部は有望な油田がなく、荒地で農耕地にも適さない。連邦制の是非は正に死活問題なのだ。一方、クルド同盟は前述したように連邦制に積極的。互いに相容れないのだ。

 米英等の「有志連合」の焦りとは裏腹に、イラク新政権が発足する見通しは今なお全く立たない。むしろ状況はますます混沌とし、収集のつかないものとなっている。政治が空転する中で、ますます各派の武装勢力や民兵が活動を活発化させる恐れもあり、本格的な内戦に突入する可能性も否定できない。



バックナンバー

第30号 2006年03月28日
第29号 2006年03月16日
第28号 2006年03月07日
第27号 2006年02月28日
第26号 2006年02月15日
第25号 2006年02月06日
第24号 2006年01月27日
第23号 2006年01月20日
第22号 2006年01月07日
第21号 2005年12月24日
第20号 2005年11月30日
第19号 2005年11月24日
第18号 2005年11月15日
第17号 2005年11月07日
第16号 2005年10月31日
第15号 2005年10月24日
第14号 2005年10月15日
第13号 2005年10月09日
第12号 2005年09月30日
第11号 2005年09月21日
第10号 2005年09月12日
第09号 2005年08月30日
第08号 2005年08月22日
第07号 2005年08月14日
第06号 2005年08月05日
第05号 2005年07月30日
第04号 2005年07月22日
第03号 2005年07月12日
第02号 2005年07月05日
第01号 2005年06月29日