イラク情勢Watch vol.44 06年10月28日
         発行:フォーラム平和・人権・環境  編集:志葉 玲



Topics
1)週間イラク報道Pick up
2)イラク治安当局、イラク人女性ジャーナリストを拘束・拷問
3)依然激しい戦闘が続くアンバル州〜「治安回復は難しい」との報告も
4)「英軍はイラクから撤退すべき」英陸軍参謀長官の発言が波紋を広げる
5)メッカでシーア、スンニ両派指導者、宗派間対立の終結で合意


1)週間イラク報道Pick up

【06.10.26 読売】イラク戦術、必要な変更を行う方針…米大統領が強調

【06.10.26 usfl.com】イラク撤退で米兵直接要請 議会提出へ既に200人署名


【06.10.24 読売】イラクの石油・天然ガス開発、協力強化で日イ共同声明

【06.10.24 埼玉】イラク復興支援活動展 陸自朝霞駐屯地・12月10日まで

【06.10.23 日経】「日本企業の進出期待」イラク石油相

【06.10.17 CNN】イラク戦争支持率、過去最低に 世論調査



2)イラク治安当局、イラク人女性ジャーナリストを拘束・拷問
 

 

 中東で広く読まれている有力紙「アル・ハヤト」のイラク人記者、クルシャン・アル=バヤティさんが、先月18日から、イラク治安機関に身柄を拘束されていることがわかった。米国の平和運動家で元「人間の盾」のジュディス・クルトワさんが、各国の反戦ネットワークに送ったメールによると、クルシャンさんは治安部隊に身柄を拘束された後、所在が明らかになっていないが、刑務所内で残虐な拷問を受けているという情報もあるという。

 クルシャンさんは、先月11日に初めてイラク警察によって拘束された。パソコンや車を押収され、彼女の兄弟も一緒に逮捕された。イラク警察はクルシャンさんに、サダム・フセイン元大統領の親類とクルシャンさんが接触したことを追及したという。 

 2日後、クルシャンさんは解放されたが、自宅からの外出や、いかなる声明を出すことを禁じられた。クルシャンさんはこれに抗議、ティクリートのイラク治安部隊の司令官への直談判を求めていた。
 開放の5日後、クルシャンさんは再び拘束され、所在がわからなくなっている。現地情報筋によれば、クルシャンさんは治安当局によって「女性には話すのをためらう」拷問を受けていたという。
 
 クルトワさんやイラク人ジャーナリストのエマン・ハマスさん達は、クルシャンさんの解放を国連人権委員会に対して訴えるよう、呼びかけている。国連人権委員会のホームページはこちら http://www.ohchr.org/english/

 クルシャン・アル=バヤティさんは1971年生まれ。アル・ハヤトの記者で、イラクジャーナリスト連盟、アラブジャーナリスト連盟、イラクライター連盟の会員。




3)依然激しい戦闘が続くアンバル州〜「治安回復は難しい」との報告も

   
   
家に突入してきた米兵達に殺されたイラク人男性。彼の妻や子どもも一緒に殺された

 
イラク西部アンバル州では、依然米軍と現地武装勢力との激しい戦闘が続いている。現地通信社「イラクの声」によると、19日、シリア国境に近くのカイムで、民家が米軍に空爆され、住民5人が殺された。うち一人は女性で3人が子どもだった。また、22日には3人の海兵隊が殺された。これで、10月中イラクで死亡した米兵は80人になり、一ヶ月の米軍死亡者数としては今年最多。24日には、ファルージャで3人の消防士が米軍に銃撃され死亡したと報じている。また、この事件を取材していたレバノンの衛星テレビの記者がイラク警察に逮捕され、カメラとテープを没収されたという。

 アンバル州では、イラク占領開始以来、米軍による掃討作戦が行われているが、現地の抵抗は激しく、11日付の米紙ワシントン・ポストによると、イラク駐留の海兵隊の情報部門責任者が「アンバル州の治安が回復する見込みは薄い」との秘密報告書が提出したとされる。




4)「英軍はイラクから撤退すべき」英陸軍参謀長官の発言が波紋を広げる

 
英陸軍制服組のトップがイラクから英軍の撤退を主張したことが、波紋をよんでいる。ことの起こりは、13日付けのデーリー・メール紙で、リチャード・ダナット参謀長が「英軍がいることで、イラクの治安を余計に悪化させていることに疑いの余地はない」「近いうちに撤退すべきだ」と発言したことだ。
 翌14日、英各紙はダナット参謀長の発言を社説などで大きく取り上げ、ブレア政権への批判を強めた。15日に行われた、サンデー・エクスプレス紙の世論調査によると、回答者の74%がダナット参謀長の発言を支持。また回答者の71%が、「(今回の発言が原因で)ダナット参謀長がその職から追放されてはならない」と答えた。

 ブレア首相は、ダナット発言について「ダナット参謀長は今すぐイラクから英軍を撤退させるるべきだと言っているわけではない」と苦しい答弁。これに対し、野党・自由民主党のキャンベル党首は、「ブレア首相はダナット参謀長の言う“近いうち”が何年ではなく何ヶ月かの間にということであることを理解できていない」と批判した。




5)メッカでシーア、スンニ両派指導者、宗派間対立の終結で合意

 
今月20日、イラクのシーア、スンニ両派を代表する29人宗教指導者達は、サウジアラビアのメッカで開催された協議で、宗派間の暴力の応酬を停止することで合意した。イラクのシーア派最高権威シスターニ師や、今やイラク最大の民兵組織マハディ軍を抱えるムクタダ・サドル師らは欠席したが、シスターニ師は合意文書を支持する親書を送り、サドル師は「協議がイラクで開催されることを望んだ」としながらも、「イラク国民が必要としている協議に対しては、全面的に支持する」と表明した。

     
      
宗派間衝突の犠牲者の棺を運ぶ人々

 合意文書には、「イスラム教徒の血を流すことを禁ずる」「移住を余儀なくされた人々の帰還を認めること」「拘束されている無実の人々の解放」「犯罪容疑者に“公平な”裁判を行うこと」等が明記されており、イラク国内で配布されることが予定されている。

 一日100人前後が宗派間衝突で命を奪われている中、イラクの主だった宗教指導者達が、「宗派間対立の終結」を訴えた意義は大きい。しかし、これまでもムクタダ・サドル師が停戦を呼びかけてきたにも関わらず、サドル師派の民兵組織マハディ軍がスンニ派への拉致・拷問・殺害を止めなかったなど、民兵組織の暴走を宗教指導者達がコントロールできていないとの見方もある。また、特にスンニ派市民への虐待にはイラクの治安部隊が深く関与しているとされている。そのため、今回の協議が、凄惨を極める宗派間衝突の終結につながるかは、さだかではない。



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