イラク情勢Watch vol.72 09年4月10日

         発行:フォーラム平和・人権・環境  編集:志葉 玲


TOPICS
1)イラク報道ピックアップ
2)自衛隊サマワ派遣で、故郷を追われたイラク人
3)米軍・イラク当局によるイラク人女性たちへの人権侵害、NGOが国連人権委員会で報告
4)ファルージャで若者の識字率が急落―現地NGOや専門家の調査
5)【コラム】イラクの治安は改善したのか、アフガニスタンへの増派の行方は?



1)イラク報道ピックアップ

【09.4.8 朝日】「イラク撤退予定通り」オバマ氏、マリキ首相に伝える

【09.4.8 CNN】ブッシュ前大統領に靴投げたイラク記者、禁固1年に減刑

【09.4.6 日経】対テロ戦死者数、5700人突破 3月までの多国籍軍

【09.4.1 CNN】イラク駐留英軍約4千人、撤収を正式開始 今夏までに終了

【09.3.31日経】ブッシュ政権下の対テロ戦費67兆円 8割がイラク関連



2)自衛隊サマワ派遣で、故郷を追われたイラク人

 この2月、本コーナー編集人は中東某国に亡命しているイラク人アリ氏(仮名)と会い、インタビューを行った。彼は元々サマワの住民であるが、自衛隊のサマワ派遣に批判的であったため、拷問を受け、命すら脅かされる状況となったために、故郷を離れたのだと言う。

    
    サマワを案内するアリ氏(2004年撮影)

 英語を流暢に話すアリ氏は、サマワに訪れた日本のジャーナリストや反戦市民団体の活動家などを案内。自衛隊の支援がいかに非効率的なものか、それに不満を感じているサマワ住民がいかに多いか、明らかにする上で多大な貢献をした。本コーナー編集人も、サマワ訪問時、アリ氏の協力を得ていた。しかし、当初からアリ氏は「自衛隊に批判的な言動をサマワですることは危険だ」と話していた。自衛隊の駐屯地の借用や、復興事業で既に利権が発生していたことに加え、「自衛隊イラク派遣に強くこだわる日本政府に対し、イラク政府としても、私の様な人物をほっておくわけにはいかなかったのだろう」とアリ氏は語る。

 アリ氏はイラク警察に2度も拘束され、殴る蹴るの暴行を受けた上、首筋にナイフをあてられ「お前なんかいつでも殺せる」と脅されたのだと言う。アリ氏曰く「自分は警察内に友人がいたから何とか助かったが、警察はバドル団*の民兵の巣窟で、イラク政府に逆らう者は皆殺されている」とのこと。

*バドル団とは、イスラム・シーア派の政党ISCI(イラク・イスラム最高評議会)の軍事部門で、2005年以降の治安組織による、組織的なスンニ派殺害に関わった。同じシーア派であるサドル師派とも仲が悪く、同派の軍事部門マハディ軍とも度々交戦している。

 何とか、解放されたものの、民兵らは、アリ氏の家の前に張り込み、アリ氏を殺害する機会を狙っていた。「奴らは私の家にまで来て、父に『アリはどこだ』と問い詰めた。見張りが交替する瞬間、私は家から飛び出し、そのまま国境まで向かった。それ以来、イラク周辺の国々を渡り歩く亡命生活を、もう3年も続けている」(アリ氏談)。サマワに暮らす家族とも離れ離れになり、定職につくことも出来ず困窮するアリ氏だが、今もイラクに帰るつもりはないと言う。「イラク政府は、私を“お尋ね者”として引き渡すよう、各国の大使館に連絡しているらしい。もし、イラクに帰れば私はすぐに捕らえられ、殺されてしまうだろう」。

 アリ氏はまだ30代前半だが、その頭には白髪が目立つ。当コーナー編集人を案内した2004年よりも随分と老け込んでおり、この間の亡命生活の苦労をうかがわせた。武器を持った外国人への現地の反感を無視し、自衛隊をイラクに送ったことが、住み慣れた故郷からアリ氏を追いやった。アリ氏の状況は、自衛隊イラク派遣が何だったのか、改めて考えさせられる。



3)米軍・イラク当局によるイラク人女性たちへの人権侵害、NGOが国連人権委員会で報告

 先月、ジュネーブで行われた国連人権理事会で、イラク人の女性団体“Women Solidarity for a independent and unified Iraq”(WSIUI)がイラクの女性達が直面する人権問題について報告した。同団体によれば、イラク人女性が米軍やイラク軍によって不当に拘束され、拷問や性暴力を加えられており、最近でも中部ティクリートの刑務所に、28人の女性がいると情報を得たと言う。

      
      国連人権委員会で報告するWSIUIのメンバー

 同団体の報告書によれば、昨年11月イラクの女性議員が「100人の女性がバグダッドの収容所に拘束されており、その内25〜30人ほどは18歳未満である」と発言。また、別の議員によれば、「イラク国内に酷い人権侵害が行われている420の秘密の収容所があり、1053件の強姦事件も起きている」という。今年1月にも、女性の権利担当大臣であるナワル・アルサマライ氏が「米軍の収容所でも、イラクの刑務所でも、女性の被収容者は繰り返し殴られ、場合によっては強姦されることもある」と発言した。

 NGO“United Prisoners of Iraq”の代表ムハンマド・エダム氏は「バグダッド市内や空港、モスル、イラク南部などの刑務所・収容所に1万人以上いる」としているが、実際にどれだけのイラク人女性が拘束されているのか、把握するのは大変困難だ。他のアラブ・イスラム諸国でもそうであるように、イラクでも家族の女性が外部の者に危害を加えられることはタブーであり、証言が得られにくいからだ。一族の名誉を汚さまいと、被害女性が身内に殺されるケースすらあり、被害女性の多くがイラクを去っていることも、実態把握をより困難にしている。

 被拘束者の女性達は、彼女自身には何の罪もなく、「ただ身内が“武装勢力のメンバーである”と疑いをかけられており、その身内の出頭を促すためだけに人質として拘束されている」という。WSIUIは、これらの人権問題に関して、国連や赤十字などの調査や介入が必要だと訴えた。



4)ファルージャで若者の識字率が急落―現地NGOや専門家の調査

 2004年4月と11月に米軍による大規模攻撃を受けた、イラク西部の都市ファルージャでは、近年、若者の識字率や学力が急激に落ちているという。現地独立系メディア“アザマン”によると、現地のNGO“The Cultural House”は「ファルージャでは14〜20歳若者の35%が読み書きが出来ない」と報告。現地の教育についての専門家ナファイ・ラヒーム氏も、「2008年のファルージャでの学生達の試験結果は過去最悪だ。試験で合格点を取ったのは、たった20%だった」と危機感をあらわす。同氏は教育レベルの低下は、米軍による抑圧とそれに伴う暴力が増加している都市で見られる傾向だと主張している。

    
    ファルージャは2度にわたる猛攻撃で壊滅的打撃を受けた。

 ファルージャでは、2004年の攻撃によって、市内の7〜8割の建物が損壊しており、学校もその例外ではない。子ども達はテントなどでの勉強を強いられており、今回の学力低下の結果も、いわば当然の帰結だと言える。7日にもファルージャ入り口の検問所で自爆攻撃があり、8日には外出禁止令が発令されてのイラク警察による捜査が行われるなど、現地の情勢は依然、不安定なままだ。



5)【コラム】イラクの治安は改善したのか、アフガニスタンへの増派の行方は?

 先月20日は、イラク戦争から開戦6年だったが、日本のメディアでは特に大きく取り上げることもなく、この間イラク支援に関わっていた友人達は「イラク戦争は過去のものとされているのだろうか?」と、危惧していた。「6年目」の報道をしている場合も、余りにも安易に「治安の回復」を強調していて、しかも、それが「米軍の増派」によるものだった、という解釈をしているケースも目立つ。

    
    米国の占領政策の失敗と米軍の存在自体がイラク情勢の混乱の最大の原因だ。

 確かに、数字だけ見れば、一月に1000〜3000人の市民が犠牲となった2006年6月〜2007年8月に比べれば、この半年はその十分の一と減っている。しかし、少ない月でも100人以上の市民が殺されているのは事実だ。現在、日本に留学中で、今年1月にバグダッドを再訪したモハメッド・シャキルさんも、先日明治大学で行われた日本国際ボランティアセンター主催のトークセッションで、次のように語っていた。「まだ1キロごとに米軍の検問所があり、うかつに近づけば、すぐに発砲してくる。家々にも、戦闘で出来た銃弾の穴が開いていました。夜7時以降は危なくて出歩くことも出来ない。米兵か、民兵に殺されることになる」。

 シャキルさんは「米軍は早くイラクから撤退するべき。イラクのことはイラク人がやる」と語っていたが、民間人の死傷者が以前より減少した最大の理由の一つは、「米軍が余計なことをしなくなった」からだ。2006年末くらいから、イラクでも再激戦地だった西部の都市ラマディで地元部族長と米軍の間で停戦の協議が始まり、米軍が掃討作戦を控え、基地に引っ込む代わりに、地元武装勢力の武装解除や、アルカイダ系などの過激派の取り締まりを地元の手で行う、という取り決めが合意された。その効果は劇的で、ラマディ住民、米軍ともに死傷者が大幅に減り、この事例を元に、他のイラクの地域でも米軍がその活動を控え、地元の治安維持に任せるようになる。ターゲットである米軍が街に来なくなれば、必然として、市街地での戦闘も少なくなったのである。

 米国の占領政策の失敗や、米軍の存在自体こそがイラク情勢を混迷させてきたのであり、「米軍増派がイラクの治安を改善させた」等というのは本末転倒な見方だ。オバマ大統領は、イラクから米軍を段階的に撤退させる代わりに、アフガニスタンへの増派を計画しているが、ブッシュ政権がイラクで犯した過ちを、アフガニスタンで繰り返すことになりかねない。本当に、オバマ政権がアフガニスタン情勢の安定化を図るのであれば、民間人の死傷者を増やすだけの軍事作戦を控え、タリバン等の地元反米勢力との対話することが必要だ。その上で、現地治安機関の腐敗を一掃し、地元の人間による治安維持を進めるべきであろう。また、地元の人々と共に、深刻な飢餓に対する対策を行うことが重要だ。生活基盤が破壊されたがゆえに、貧困層は民兵組織に入らざるを得なく、ギャング化した民兵組織が治安を悪化させている状況がある。人々が民兵組織に入らなくても生活していける環境つくりを整えることが必要なのだ。

 オバマ政権がアフガニスタンにこだわるのは、やはり9.11事件が大きいのだろう。だが、アルカイダの様な過激派が一定の求心力を集めるのも、米国の誤った対中東政策の結果だと言える。オサマ・ビンラディンも、パレスチナ問題に度々言及しているが、余りにも親イスラエル的な外交を改めない限り、米国に対する反感は決して消えないのである。



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